ネガティブな思いも話して「支え合う」関係に

武藤将胤、武藤木綿子
食事の介助をする様子

── 現在、将胤さんにはどのようなサポートが必要なのですか。

 

武藤さん:食事、排泄、着替え、清拭、移動、人工呼吸器の管理、夜間の見守り…24時間のシフトでヘルパーさんたちがサポートしてくださっています。24時間、彼を安心して任せられる体制があるから、私は家族として一緒に生活を楽しむことができますし、彼の心の支えになることができています。この体制を作ってくれた彼にも、彼をサポートしてくださる方たちにも感謝しています。 声が出せないので透明文字盤でコミュニケーションをとっていますが、事前に彼が準備をしてくれていたおかげで、目線で入力した言葉を彼の声で聞くことができるんです。

 

── それは、どういうことですか。

 

武藤さん:2015年5月から、WITH ALSが、オリィ研究所、東芝デジタルソリューションズと提携して進めている「ALS SAVE VOICE」というプロジェクトの一環で、事前に「コエステーション」というアプリに声を登録しておくことで、声を失ったあとも本人の声で会話をすることができます。

 

ALSの患者さんは、病気が進行して喉の筋肉が衰えると呼吸がしにくくなるので、人工呼吸器をつけることが多いんです。彼も2019年に人工呼吸器をつけました。そのときは「スピーチカニューレ」という装置をつけることで声を出すことができたのですが、1年後に食道と気管を分ける喉頭分離手術を受けて、声を失いました。

 

私は彼の声が聞けなくなるのがいやで、手術の前もずっと泣いていて、彼のほうが「大丈夫だよ」と励ましてくれました。手術をする前に「コエステーション」に声を登録しておいてくれたので、目線で入力した内容が彼の声で再生されます。彼の声が聞けることは、私の支えになっています。

 

── 病気だからといって、木綿子さんが一方的に支えるのではなくて、当事者の将胤さんも木綿子さんを支えているのですね。

 

武藤さん:以前の私は、「彼ががんばっているんだから」と彼のことしか考えていなくて、自分のことをおろそかにしてしまっていました。我慢をしてがんばって、限界を迎えて爆発して、ケンカが絶えなくて…という悪循環でした。まさに「家族介護あるある」ですよね。

 

「家族にめんどうを見てもらいたい」という当事者の思いもわかるし、「その思いに応えてあげたい」という家族の気持ちもわかりますが、本当におすすめしないです!

 

彼に「つらい」「無理」という自分の気持ちを話したことで、私は「ちゃんと聞いてもらえるんだ」という安心感が持てましたし、「自分の気持ちは言葉で伝えないと、夫婦といえども伝わらない」ということに気づかされました。それからは、ネガティブな気持ちもなんでも彼に話すようにしています。おかげでケンカが減りましたし、夫婦仲はよくなったと思います。

 

 

お互いに支え合いながら、2人は待望のお子さんを授かります。木綿子さんは、2歳になる娘さんの育児に専念。ALSの人向けの商品開発をしたり研究に参加したり、サーフィンや旅行を楽しんだりと、前向きに生きる将胤さんと支え合いながら、家族3人での生活を楽しんでいます。

 

取材・文/林優子 写真提供/武藤木綿子