最愛の父の思いがけない死を経て「母とはつかず離れずで」
── お父さんは2024年に89歳で亡くなられたそうですね。突然だったこともあり、納得できるお別れができなかったとお聞きしました。
赤間さん:そうですね。家のなかでつまづいてモノにぶつかり肋骨を骨折して、入院したんです。入院中、点滴がはずれないよう体を固定されたことがきっかけで、どんどん喋れなくなり、ぼんやりした顔つきになっていって。たった3日ほどで様子がまったく変わってしまいました。
看護師さんに拘束を外してもらえないかとお願いしたのですが、一人の患者だけずっと見ているわけにいかず危ないのでということで…。本当にかわいそうで、できるだけ14時に病院に行き、面会が許される時間ギリギリまでいました。つき添っている間は体を自由にしてもらって、起き上がらせたり体操をさせたりして。ときどき会話ができることもあって、最後はほとんど朦朧とした感じでした。そうこうしているうちに、院内で感染症が広がったせいで面会禁止になり、最後は会えないままでした。
もともと数日で退院する予定だったので、「退院のときに着る服を持ってきたよ。おうちに帰ったら何食べる?」と声をかけたら、父が「うどんかな。ビールが飲みたいな」って答えていたんですよね。それが最後の会話になりました。今も、もっとできることがあったんじゃないか、と考えることがあります。

── それはおつらかったでしょうね…。いっぽう、お母さんは現在86歳。赤間さんのご自宅から通える距離で、良好な関係を保たれているそうですね。お母さんらしいエピソードを教えていただけますか?たとえば、私は最近、83歳の母に手押し車を勧めたのですが、「私はそんな年じゃない」って、頑として使おうとしてくれないんです(笑)。
赤間さん:うちの母もまったく同じ!この前、手押し車をどうしても使ってほしくて、カタログを取り寄せて、母に渡したんですが、ペラペラッと見ただけでぷいって(笑)。もう十分使ってもいい年齢なんだから甘んじて使っていいと思うんですけどね。きっとデザインも気に入らないんだと思います。
── そんなふうにお母さんと接するなかで、介護の準備やご自分の老後などを考えることもありますか?
赤間さん:母にとっては、自立して暮らすことが心身ともにいい影響になっているようです。逆に、私が母のそばにいるといろいろ気になって、母が自分でできることも手伝ってしまったりすると思うんですよね。だから、母が動けるうちは、いまくらいの距離感で行き来する関係がちょうどいいのかなって思っています。
普段は、毎朝LINEで挨拶を交わして、おかずを多めに作って持って行ったり、好物のうなぎを買って持って行ったり。そのついでに、一緒にお茶を飲んだりしてね。母は本当に自立していて、東京で暮らしている兄が「うちで一緒に暮らそうよ」って誘っても、「自分で雨戸の開け閉めができるあいだは、お願いだから自由にさせて」と断られています(笑)。
ただ、実家のモノがすごく多くて、「これ、私が片づけるの?」っていつも思うんですね。だから、自分のときは、元気なうちにモノを最小限にしておこうと決めています。子どもたちに片づけさせるのは酷だなって。親が大切にしていたものを、捨てる作業って負担だろうだろうなと思うから。
── 片づけを自分でできるうちに、というのは大事かもしれないですね。
赤間さん:そうですね。着ない服や、本、装飾品は断捨離していきたいですし、大量の写真もアルバム1冊分くらいに収まるように整理して、あとはスマホに保存しておこうかなと思ったり。片づけって大事だなぁと実感しながら、日々の生活の中で少しずつ作業をしています。
取材・文/高梨真紀 写真提供/赤間麻里子