「時間を守れ」「人に優しく」と言う代わりに父は
── 大変な経験だったと思うのですが、その後も登山を辞めずに続けたのはなぜですか。
野口さん:とにかくつらくて大変でしたし、身の危険を感じて怖くもありました。でも、父と山に登ると、学校で教えてくれるものとはまったく違う、生きた学びがたくさんありました。「よく辞めなかったね」と周りから言われたのですが、私自身もどうしてなのか理由はうまく言えないものの、何か自分のなかで刺さるものがあったんだと思います。
あとは、山に登ると周りからすごいねと褒められることが多かったので、単純だったと思うんですが、もっと褒められたいと思って登っていた部分はあったと思います。続けることで自信に繋がって、小学校高学年ころには人前で話すこともできるようになっていきました。山が私の性格を変えてくれたのだと思います。
── 登山家として活動しているお父さんの教育はどのようなものでしたか。
野口さん:父は自分の実体験を正直に話してくれる人です。経験を通してどんなことを感じたか、どんなふうに乗り越えたか、どんな失敗をしたかを聞いてきました。時間を守りましょうとか、人に優しくしましょうと言われたことはなかったと思います。
父から聞いた言葉で大事にしているのは、「人生ネタになればいい」です(笑)。どんな失敗をしても、後から振り返ったら経験となって、それはおもしろいネタになると言われていました。まっすぐな人生はネタがなくなってしまうけど、たくさん寄り道をしたり、転んだりしたほうがおもしろくなるんだよと。今の私は小さいころと違って、新しいことに挑戦することが好きなのですが、それは失敗することが怖くないと思っているからです。これは、父の教えが私の生き方に影響していることだと感じています。
取材・文/内橋明日香 写真提供/野口絵子