自分の経験を受け入れられないと孤立するから

── 今は、どのような活動をされているのですか。
田中さん:講演会で自分の経験をお話ししたり、書籍やYouTubeで発信したりしています。児童養護施設の職員の研修で子どもの気持ちをお話ししたり、施設で暮らす子どもたちに向けて、自分の経験を話したりすることもあります。ほかにも、内閣官房の審議会、東京都や世田谷区の審議会に参加して、現状の支援体制にどのような課題があるかを話し合っています。
── 具体的には、どのような課題があるのですか。
田中さん:私もそうでしたが、施設を退所した後に施設とのつながりが薄くなると、社会から孤立してしまうことがあります。退所後も「つながり続けられる」「つながり直せる」には、職員の人材確保と定着が大きな課題です。たまたま私がいた施設には10年、15年と長く続けている職員が多くて恵まれていますが、児童養護施設の職員は、離職率が高いのが現状です。知っている職員がいないと、施設に帰ろうと思うきっかけがないですよね。
もうひとつの課題は、当事者が自分の経験を受け入れられていないと、たとえ支援があっても手を伸ばせず、孤立してしまうことです。私もそうだったのですが、自分の境遇や経験を受け入れられない人は、どうしても他責思考になります。「社会のせい」「親のせい」と悲劇のヒロインを演じてネガティブな過去にとらわれていると、どんどん孤独になってしまうんですよね。自分で自分の人生を受け入れて、「この経験があってよかった」「今は幸せ」と思える人が増えてほしいと思っています。
── 田中さんは、どのようにご自身の経験を受け入れることができたのですか。
田中さん:自分の経験を人に話したり、本に書いたりして発信することで受け入れられるようになりました。本来は、自分のことを人に話すことが苦手です。悩みがあるときは自分が納得するまで悩みきります。自分の中をグシャグシャとほじくって、答えが出るまでイジイジする(笑)。ノートいっぱいに自分の気持ちを書いて発散することもあります。施設にいたときも、思ったことをノートに書いて先生に渡していました。今も、まず自分の気持ちを書いて整理してから、話せることは人に話して相談するようにしています。
「自分には相談できる人がいない」と思ったこともありますが、自分のことをいちばんよくわかってあげられるのは自分なんですよね。「自分が好きなことはなんだろう」「苦手なことはなんだろう」「どうしてこんな気持ちになるんだろう」と自分で自分のことをほじくっているうちに、自分のことがわかってきて、生きやすくなりました。今は、人や環境のせいにしないで、自分がやりたいことは自分でかなえてあげようと思っています。もちろん社会には優しい人もたくさんいるけれど、自分のいちばんの味方は自分です。そう思っていると、自分自身との信頼関係が深まると思います。
── ご自身の生い立ちやご家族との経験を、今はどのように受け止めていらっしゃいますか。
田中さん:今の私は「田中家に生まれてよかった」と心から思っています。その生い立ちがあったからこそ、さまざまな背景を持つ子どもたち、そして彼らを支える職員さんたちに出会うことができたからです。
それに、この経験があったからこそ、自分のなかに「やわらかい優しさ」のようなものが育ったと実感しています。うまく言葉にするのは難しいのですが、いわゆる「社会的弱者」と呼ばれる立場の人の気持ちが想像しやすかったり、支援を受けるハードルの高さがわかったり、心の不調を抱えながら社会に関わろうとする大変さに寄り添えたり…。困難のなかにいる人の心の揺れや葛藤を、自分ごとのように理解できるからです。
では、来世も同じ人生がいいかと言われたら、それはちょっと嫌ですけど(笑)。
昨年、仕事を通じて知り合った人と結婚しました。行政の人で、ほかの人たちの幸せを第一に考えているような人です。私は、何でもひとりでやろうとするところがあるのですが、信頼できる人が増えてきたので、これからは「こういうプロジェクトを一緒にやってくれる人を探しています」と声を上げて、誰かの手を借りたり、誰かとプロフェクトを共有したりしていきたいと思っています。
── では、今の田中さんにとって、18歳まで暮らしていた施設はどのような場所ですか。
田中さん:30歳になった今、施設は「恩返しの対象」ですね。毎月1回、同じ施設にいた先輩と「卒園生の会」という会をやっています。今いる子どもたちとお昼ご飯を作って食べるのですが、卒園生が話をすることの影響力は大きいと思いますし、子どもたちが施設を出てからもつながり続けられる、つながり直せる場になればと思っています。
私もそうでしたが、施設にいるときはありがたさがわからないですよね。今いる子どもたちにも、「いつか恩返しをしたい」と思ってもらえたらうれしいです。
結婚式には施設の先生にも出席していただきました。両親も来てくれましたが、父に「今日は来てくれてありがとうね」と言ったら、黙ってうなずいただけ。言葉にならない思いがあったのだと思いますけど、不器用な男なんですよね(笑)。先生たちは、私のことも両親のこともよく知ってくれているので、両親の話をすると、「れいかのご両親らしいね」と笑って聞いてくれます。ありがたい存在ですね。
取材・文/林優子 写真提供/田中れいか