親の所得に左右されない学びの機会を提供したい

── YouTubeを始めたきっかけは何だったのですか?

 

葉一さん:塾講師として働くなかで、学びの機会が所得によって左右される現実を目の当たりにしたのが大きかったですね。私が勤めていたのは個別指導の塾だったので、集団塾よりも保護者の方からいただく月謝がどうしても高額になります。企業として売上を求めるのは当然だとは思います。けれど、その所得によって選べる教育の差がある事実を「仕方ない」で済ませることがどうしてもできなくて。

 

それで、子どもたちからお金をもらわずに教育を届ける場所をつくりたい、という思いが高まっていきました。と同時に、塾での立場も後輩を束ねる側になっていき、会議や雑務に追われて子どもたちと向き合う時間が減っていってしまい…思いきって塾講師を辞めることにしました。

 

それから半年間、教育の格差をなくし、純粋に学習指導できるいい方法はないかと探すうちに、YouTubeと出会いました。「この場所に授業動画を投稿したら、子どもたちはどこにいても見られるんじゃない?」とひらめき、その翌日には初めての授業動画を撮ってアップしました。

 

── すごい行動力です。動画を投稿し始めて、すぐに反響があったのですか?

 

葉一さん:1ミリもなかったです。6月に投稿し始めてから年末までの7か月間で登録者数がやっと800人ですから。

初めは「お叱り」ばかりだった

── 葉一さんのYouTubeチャンネル『とある男が授業をしてみた』は13年間で動画本数4600本を超え、いまではチャンネル登録者数217万人。何かの動画が話題となって急激に数字が伸びたのでしょうか? (※数字は取材時のもの)

 

葉一さん:私のチャンネルは、バズることがなくて(笑)。ゆるやかな坂道をずっと登り続けた結果がいまなんです。ただ、反響がなかった時期も、いずれ伸びるだろうという自信はありました。塾講師で思春期の子どもたちと接してきた経験から、あの子たちの横の口コミ力がすごいことを知っていたので。

 

大人から勧められても全然響かないのに、同級生とか仲がいい子から勧められたら勉強法でも何でもすぐに試すんですよ。だから、自分がいいと思うものを提供し続けて、友達から友達へ勧めてもらえる流れができたら徐々に広まるだろうと思っていましたし、実際にそのおかげで広まっていきました。そのうち、学校の先生が生徒に勧めてくれたり、保護者の方から「ママ友に聞いて見始めました」という声を聞くようになったりして、大人にも浸透していきました。

 

── 13年前ですと、学習にYouTubeを活用しようという親子は少なかったのではないでしょうか?

 

葉一さん:そうですね。YouTube自体、まだそこまでフォーマットが確立されていなかった時期でもありましたので、そこに教育というコンテンツを入れたことによって、1年目がいちばん批判の声を受けました。教育関係者の方から「ふざけるな」といったお叱りのメールもたくさん届きました。教育に関しては、ある種「聖域」だと思っている方もいるので、最初のころは「教育をけがすつもりか」といったような精神的な批判がほとんど。動画本数が増えてからは「無償で教えるなんて塾をつぶす気か」といった内容のメールも届くようになりました。

 

── Googleが第三機関に依頼した2024年の調査によると、 67%の教師が「YouTubeは生徒の学習に役立つ」と回答したそうで、時代の変化を感じます。葉一さんは開設当初から登録者数100万人、200万人という状況を目指していたのですか?

 

葉一さん:いやいや、教育コンテンツで100万人超えるとは思っていなかったですよ。だから、200万人なんて夢じゃないかといまだに思うときがあります。初めて動画を投稿したのが2012年6月1日のことで、当時は「映像で学ぶなんて無理」と言われていたのが、いまでは教育系YouTuberも増えてかなり浸透したと感じています。活動も気づけば14年目に突入。一般企業で営業職として働いて7か月、塾講師として働いて3年、結局、目指していた教員にはならず、社会人のほとんどをYouTuberとして過ごしているのが感慨深いです。

 

 

開設当初の批判をものともせず、いまや人気YouTuberとして活躍する葉一さん。小学3年生から高校3年生まで幅広い学年の子どもたち向けて授業動画を公開していますが、「高校受験で後悔してほしくない」という思いから、中学生向けのコンテンツを手厚くしています。また、自身がいじめにあい、学校へ行きたくない日があった経験から、不登校の子に向けた学習支援も行っています。

取材・文/富田夏子 写真提供/葉一