外食で60万円「それもいい思い出」

── そんななかで、いちばん印象に残っている場面はありますか?

 

小力さん:いまでも覚えているのが、あるとき「ご飯行こう」と後輩に声をかけたら、僕の所属している団体・西口プロレスのメンバー全員30人くらいが来ちゃって。ホルモン焼き屋で飲み食いして、ドキドキしながら会計をしたら、「何の巻物だ」ってくらいレシートが長くなっていくんです(笑)。「これはやばいな」と思っていたら、レシートがどんどん伸びていき、最終的にお店の入口の自動ドアの外まで出ちゃった。金額にして60万円ぐらいでしたね。

 

── レシートが生き物のように床を這って外にまで出るだなんて、まるでコントじゃないですか。

 

小力さん:ネタじゃないですよ、これ(笑)。盛ってもいません。でも、当時のお金の使い方にはまったく後悔してないですね。そういう時間が楽しかったし、仲間も後輩も売れたことを自分のことのように喜んでくれて、僕もうれしかったんですよね。

 

── ブレイクをきっかけに、環境も大きく変わったと思います。成功を手にしたいっぽうで、「失ったもの」はありましたか?

 

小力さん:そうですね。自分自身は変わっていないつもりでしたが、僕を取り巻く環境と人からの評価が変わってしまったことで、周囲との軋轢が生まれてしまった気がします。もともと僕は、そんなに人に囲まれていたいタイプじゃないんです。ブレイク後に人脈が広がりましたが、自分のキャパを超えて人づき合いをしていた部分があったんだと思います。

 

人がだんだん苦手になって、人間関係もうまくいかなくなって。気づいたら周りから誰もいなくなってしまった時期がありました。もちろん僕の未熟さが招いたことではあります。突き詰めていうと「人嫌い」になってしまった。ひとりでいるほうがリラックスできて、心地いい自分がいる。僕がいま、独身でいるのは、やはり人との距離感が下手で、適切な距離を取るのが苦手なタイプだからなんだと思います。

 

長州小力
2021年『追跡!長州ツイートトラベル』(KRY山口放送)でナレーションを担当

最近、「バズったら勝ち」みたいな空気があるじゃないですか。目的のために有名になること自体は悪いことではないと思うんです。でも、それが自分の手の届かない範囲まで広がってしまうと、アッという間に流れに飲み込まれて、自分ではどうにもできないことが増えてしまう。ブレイクした当時は、まさにそんな状況を身をもって感じました。

 

脚光を浴びてから20年ほど経ちましたが、この10年くらいが、僕のお笑い人生でいちばん手応えがあって、楽しいんです。お客さん一人ひとりと向き合える、自分にとって心地よい距離感のなかでお笑いができ、その反応をみながら、手の届く範囲の笑いを届けられる。そのスタイルがいまの自分にいちばんあっていて、幸せを感じます。

 

 

プロレス芸やパラパラ芸で大ブレイクした小力さんですが、芸では「人を傷つけない」と決めているのだとか。背景には、中学時代に経験したいじめの影響があったそう。人は思いやりを持たないと、加害者にも被害者にもなり得ることを実感し、以来、「これで誰か傷つかないか」という視点はつねに持つようにしているのだとか。それが結果的に、お笑いを長く続けるうえでの処世術にもなっているようです。

 

取材・文/西尾英子 写真提供/長州小力