子どもの成長を見守れるようになった事件

── 子どもが2人、3人、さらに4人と増えるにつれて育児の大変さは、段階的に増していきますよね。

 

加藤さん:よく「子育ては2人も3人も同じ」という説を聞いたことがありますけど、まったくそんなことないですね。4人になってからは毎日、死にそうな状態です(笑)。

 

でも、子育てのルールはシンプルで「子どもがちゃんと生きていたら、それだけでよし」。健康や生活習慣がある程度整っていて、人さまにあまり迷惑をかけずに育っていれば、合格。それ以上細かいことや完成度は追わない。それが、わが家の方針です。

 

──「手放す」「見守る」というのは、多くの親が難しさを感じる部分です。加藤さんは、最初からうまくいったのでしょうか。 

 

加藤さん:いえ、最初はまったくダメでした。私は何事も100%で取り組みたいタイプなので、子どもに対しても、どうしても口を出しすぎてしまうんです。正直、過干渉ぎみな親だという自覚があります。けれど、出産して子どもが増えるにつれて、全員の子に目を配るのは不可能になりました。

 

手が回らなくなったことで私自身が理想としていたハードルを下げざるを得なくなり、「できないなら、しかたない」と割りきれるようになったんです。そのおかげで、子どもを追いつめずに済んで、私自身も気持ちがラクになった部分があると思っています。

 

──「過干渉ぎみだった自覚がある」とおっしゃっていましたが、具体的にはどんな場面でそう感じましたか?

 

加藤さん:長男のときは何をどこまで教えるべきか、見守るべきか、その塩梅がわからなくて。子ども自身にできないことがあると、つい細かく口を出して、できるまで応援しながらつ付き添っていました。周りの子と同じくらいにできるようになってほしい気持ちがも強かったんです。

 

ひとつの例ですが、保育園でスモックのボタンを留める練習があったんです。長男はあまり手先が器用ではないので、なかなかうまくいかなくて。「どうしてだろう」と心配になって、パジャマもボタンつきのものに買い変えて、家でも毎日、練習させていました。でも、私が根を詰めすぎてしまい、長男がボタンつけを嫌がるようになってしまったんです。苦手なことばかりさせるわけですから、当然ですよね。私自身もだんだん疲れてしまい、ボタンつけの練習をやめることにしました。

 

すると、2か月ほどたったある日、「ママ、できたよ」と。ボタンをちゃんと留められるようになっていたんです。そのときに、人より遅いからといって急かすことだけが正解ではない、「平均」に合わせる必要もないんだと学びました。母親が前のめりにやらせるのではなく、少し距離を置いて見守っていたほうが、本人がリラックスしてうまくいくこともあるんですね。この「ボタンつけ事件」をきっかけに、「平均に合わせなければ」という気持ちを手放せたように思います。