高校2年生から父、祖父、祖母と立て続けに家族の介護をし続けてきた後藤舞さん。離職やうつ病も経験し、自分のコンプレックスだったと語る自身の介護生活が、ある職業との出会いで大きく変わり始めます。(全2回中の2回)

介護で心身の限界を感じたときに出会った言葉

── 高校生のときに父を、大学時代に祖父を、社会人になってからは祖母を介護してきた後藤舞さん。16年間にわたり、家族を支えてきた人生に転機が訪れたのは、航空会社のグランドスタッフとして働いていた時期のこと。介護と仕事の両立に疲弊するなか、人生を変える「ある出会い」があったそうですね。いったいどんなものだったのでしょうか。

 

後藤さん:大学を卒業後、ずっと夢だった航空会社に就職しましたが、直後に母が重い心臓の病気を抱え、祖母も肺炎をきっかけに歩けなくなり、認知症も進行してしまって。やむを得ず退職して兵庫の実家に戻り、双子の姉と在宅介護を担う日々でした。その後、前職の会社に掛け合い、系列会社に再就職して勤務地の伊丹空港から通いながらの介護が可能になりました。

 

ですが、要介護5の祖母の介護と仕事を両立する日々は本当にクタクタで、心身の限界を感じていたんです。そんなとき、SNSでたまたま目にしたのが「介護美容」という言葉でした。調べてみると、高齢者にフェイシャルやハンドマッサージ、ネイルなどを通じて気持ちを明るくする仕事だと知って「こんな職業があるの!?」と驚き、働きながらもそれがずっと胸に残っていたんです。

 

後藤舞
授業の現場実習で介護美容を提供している後藤さん

── なぜその言葉が心に響いたのでしょう?

 

後藤さん:じつは祖母がデイサービスに出かけるときに、お化粧をしてあげるのが日課になっていました。認知症が進行する前の祖母はおしゃれが大好きで、足が悪くなって杖をついても、お化粧をしてスカーフを巻いたりしていたんです。そんな祖母にファンデーションを塗って髪を整えてあげると、表情がパッと明るくなる。うれしそうなその姿を写真に残すのが、私のささやかな楽しみになっていて。介護で大変な毎日のちょっとした息抜きでもありました。

 

デイサービスのお迎えの方が「素敵ですね」と、声をかけてくれると祖母もニコッとして、周りの人たちも笑顔になる。その瞬間、「お化粧ってこんなにも人を元気にする」と実感したんです。そんなときに介護美容の存在を知り「私がいつも祖母にしてきたことが、人を喜ばせる仕事になる」ことに心を動かされ、「やってみたい」という気持ちが芽生えました。でも、実際にその道に進むには、養成学校に通う必要がありました。生活をガラッと変える覚悟が必要で、介護と両立できるのか不安も大きく、なかなか踏み出ずにいました。