難病を患ったことで治療に専念したり、平穏に過ごしたりする人もあれば、何かに突き動かされるように、自分にしかできない活動をする人も。塚本明里さん(35)もそんなひとり。一度に30分ほどしか体を起こしていることができない彼女が挑んだのは、新聞で見た『美少女図鑑』のモデル。アクティブに過ごす彼女の考え方や行動は、気づきの多いものでした。(全3回中の3回)

断られたとしても、挑戦するのは自由だから

── 塚本さんは筋痛性脳脊髄炎、脳脊髄液減少症、線維筋痛症という3つの病気を患いながら岐阜県を中心にタレント、モデルとして活躍されています。全身の痛み、強烈な倦怠感、めまいなどがあり、ほとんど横になる生活をされているとのこと。タレントやモデルとして活動することになったきっかけは?

 

塚本さん:最初のきっかけは『岐阜美少女図鑑』というローカルフォトブックのモデルに挑戦したことです。私は高校2年生のときに発症してから、頭を起こすだけで具合が悪くなり、体の痛みやめまい、重い倦怠感、頭痛や発熱に悩まされて…。家でずっと横になる生活を送っていました。進学が決まっていた大学も休学していたのですが、発症して3年経ち、リクライニング式の車いすを使用するようになりました。この車いすは、背もたれをフルフラットにすることができます。電動式ではないため、誰かに押してもらう必要がありますが、これを使って外出できるようになりました。

 

車いすのおかげで行動範囲が広がり、ワクワクして何か新しいことをしてみたいと思うように。そんなとき、新聞で『岐阜美少女図鑑』に掲載するモデルを募集しているのを知りました。『岐阜美少女図鑑』は、岐阜に住む一般女性をモデルとして起用したローカルフォトブック。フリーペーパーとしてコンビニやショッピングセンターなどに置いてあります。

 

塚本明里
塚本明里さん

「きれいにメイクしてもらい、フリーペーパーに掲載されるなんて素敵!私もかわいくしてもらいたい」と思ったんです。もともと私は、子どものころから好奇心旺盛なタイプ。気になることがあっても、悩む前に突き進むんです。もし必要ないと思われたら断られるだけで、私が挑戦するのは自由だと思って。すぐに応募すると、『岐阜美少女図鑑』の社長さんから、私の病状や立っていられる時間などを確認されたんです。私の状態を理解してもらったうえで、「特別扱いはしないよ」と言われ、モデルに採用されました。

 

── モデルとして撮影されるのはいかがでしたか?

 

塚本さん:すごく楽しかったものの、ハードでした。基本的に私は横になっていないとめまいを起こし、倒れることがあります。ただ、30分くらいであれば立つことができるので、短時間の撮影なら問題ないだろうと思っていたのですが、撮影はやっぱり時間がかかるもので。 休憩を挟ませてもらっても、時間が経つにつれて疲れてしまいました。でも、みんなから「かわいい」と言ってもらえて、気力で頑張れました。大変さを上回る充実感を得られました。

 

『岐阜美少女図鑑』のほかのモデルさんは、フリーペーパーだけではなく、地域のさまざまなイベントにも出演していました。残念ながら、体力のない私はイベントの舞台には立てないので、モデル仲間を応援しに行っていたんです。

 

あるとき、岐阜県の柳ケ瀬商店街でイベントが開催されました。私も訪れたところ、ある方から「一緒に何かやらない?」と声をかけられたんです。たぶん「何かに挑戦したい」と、うずうずした顔をしていたんだと思います(笑)。その方は柳ケ瀬商店街の非公式キャラクター「やなな」のプロデュースをするまちづくり団体の代表者でした。その方が声をかけてくれたことで、私の人生は大きく変わりました。