「座って授業を受けるのが苦手だった」男性が40代後半になって大学受験を決意。しかも志望校はあの超難関の東京大学!?『幽☆遊☆白書』の浦飯幽助などの声優を務めた佐々木望さんの人生を大きく変えた決断の背景とは── 。(全2回中の1回)

座って授業を受けるのが苦手だったけれど

佐々木望
英語検定1級と全国通訳案内士に合格し、海外のイベントでは通訳を介さず英語でやり取りすることもある佐々木望さん

── 声優として『幽☆遊☆白書』の浦飯幽助や『テニスの王子様』の亜久津仁など、これまで数多くの主要なキャラクターを演じ、40年にわたって活躍されています。子どものころから、声優になりたかったのですか?


 
佐々木さん:
実は目指して声優になったわけではないんですよ。たまたま誘われたオーディションに合格して、そこからいろいろなご縁に恵まれたんです。ひとりで本を読むのが何より好きな子どもだったので、人前で演じたり歌ったりする人生になるとは思っていなかったです。スポーツも好きでしたけれど、いちばん好きだったのは自分ひとりの時間でした。本を読んだり空想したり。インドア派で内向的でしたね。

 

── 勉強はよくできるお子さんだったのでしょうか。

 

佐々木さん:勉強はあまり好きではなかったです。座って授業を受けるのが苦手で、自由にしていたかった。勉強させられるのは嫌だったけれど、自分が興味を持ったことについては、本を読んでとことん調べました。当時はネットがなかったから、図書館や本屋によく行っていましたし、家族もみな読書家だったので、家にも本がたくさんありました。

 

子どものころ、おばに預けられていたことがあるのですが、彼女は活字から目を離すことがないほど本が好きで、勉強家なんです。洋書も読んで、辞書がボロボロになるくらい英和辞典を引いていました。普通に本を読んで、普通に勉強をする。いつも手元に辞書を置いて、何かあればすぐに調べる。本を読むことも勉強することも、おばにとっては生活のなかにあるあたりまえのことでした。身近にそういう大人がいたことには、影響を受けたと思います。

 

両親からも、「こういう本が勉強になるから読みなさい」と言われたことはないのですが、本を読むことは喜んでくれていました。そういえば「勉強しなさい」と言われたこともないです。

 

子ども用の世界文学全集に始まって、児童文学全集で芥川龍之介、夏目漱石、井上靖の作品を読んで、そのあとは推理小説にハマりました。アルセーヌ・ルパンとシャーロック・ホームズを読破して、そのころから翻訳小説を読むようになりました。身近に本はいくらでもあったので、大人向けの本もどんどん引っ張り出して読んでいました。

 

マンガも好きでしたね。『ピーナッツ』(スヌーピー)は全巻持っていて、何度も読みました。英語の横に、日本語訳が載っているんです。谷川俊太郎さんの名訳です。それで英語が好きになったんだと思います。

「バイクに乗りたい」声優の道に進んだ意外な動機

── では、声優になられたきっかけは何だったのでしょう。

 

佐々木さん:絶対に東京に行きたいと思っていたので、高校卒業後に上京しました。片岡義男さんのオートバイ小説やエッセイを読んで、そこに出てくる道路をバイクで走りたいと思ったんです。しげの秀一さんの『バリバリ伝説』というマンガにも影響されました。

 

そうはいっても、バイクが天から降ってくるわけじゃないので、いろいろなアルバイトをしてバイクを買うお金を貯めました。たまたま交通量調査のアルバイトをしていたときに、一緒にやっていたバイトのひとりに「みんなで声優のオーディションを受けようぜ」と誘われたんです。

 

それは声優事務所の新人発掘オーディションで、一次は書類審査でした。そのバイト先にいた全員が書類を出したかどうかはわかりませんが、そのなかで一次審査に通ったのは私ひとりだったかもしれません。二次オーディションでは数行のセリフを読みました。合格の通知をいただいたときはびっくりしました。おそらく応募者は数百名を超えていて、最終合格者は7人だったそうです。

 

── 声優になるための勉強をされていたわけではないんですよね?


 
佐々木さん:
まったくしていないです。演劇部とか放送部にいたとかでもなくて。当時は、声優事務所も養成所もいまほど多くはなくて、子役から俳優や声優をされてきていた方を除くと、私のように最初から声優としてデビューした20歳前後の人はあまりいませんでした。あのころ使っていただけていたのは、新人の人数が少なかったからからかなあ、もし自分がいまの時代にデビューしていたら、とても生き残れなかったなあと思います。

 

新人発掘オーディションに合格してからそれほど経たないうちに、デビュー作である『ドテラマン』というアニメにレギュラーで入れていただきました。演技のこともスタジオワークも何もわからないまま現場に行っていました。最初のころはヘタどころか、全然できなくて、先輩方やスタッフの方にもあきれられていたと思います。

 

でも、演じること自体は、ヘタなりにおもしろかったんです。そのときは無我夢中でしたが、今思うと、子どものころからの読書でずっと物語の世界に触れてきたことが、物語のなかの人物を演じることにつながったのかもしれません。