大好きなことがあって、それを仕事にできる幸せな人はひと握りかもしれません。でも、そこには自分にしか見えない壁も存在しています。歌手の小柳ゆきさんもそのひとり。でも、仕事から逃げた先に、夢の再発見がありました。(全3回中の2回)
実力不足を痛感したデビュー当時の自分
── 17歳のときにデビュー曲『あなたのキスを数えましょう』でブレイクし、昨年で歌手活動25周年を迎える小柳ゆきさん。実力派シンガーとして知られていますが、じつはキャリアの途中で「歌うことがつらくなった」時期があったそうですね。当時、どんな思いを抱えていたのでしょうか?
小柳さん:「歌が大好き」という思いだけでこの世界に飛び込みましたが、いざプロのなかに身を置くと、求められるスキルの幅広さに圧倒されてしまって。いろいろと「たりない自分」を痛感することが多かったんです。歌の技術もそうだし、自分の思いをきちんと言葉にして伝えること、客観的な視点で自分をプロデュースすることも必要でした。
でも、当時はまだ10代で引き出しも少なく、求められている水準に追いついていない焦りがつねにありました。作品作りの過程でもとまどいは多く、まだ曲ができていない段階で、世界観やミュージックビデオの構想を決めなくてはいけないこともたくさんあって。すごい速度でいろんなことが同時進行で進んでいく。自分がいま何をしているのか、わからなくなる瞬間もありました。

── 歌に対する情熱だけでは立ち行かない、プロの世界の現実。10代の若者には重すぎるプレッシャーだったのでしょうか。
小柳さん:いま思えば、「プロの歌手になる」ということを、ちゃんと理解できていなかったんだと思います。甘かったし、そこまでの覚悟もなかった。そんな「たりない自分」をつくろうために、濃いめのメイクや派手なファッションで「武装」していたんです。
気づけば、あんなに好きだった歌と距離を置きたいと思うようになっていました。いったん立ち止まって、これからのことを考えてみたい。そう思って、2005年、ロンドンへ旅立ち、4か月ほど滞在してきました。