デビュー後の苦悩「仕事から逃げたくなって…」

──「追いついていない」というのは、どんな瞬間に感じたのでしょうか?

 

小柳さん:世間のみなさんが私に対して抱いている「小柳ゆき像」と、実際の自分との間に大きなギャップがあると感じていたんです。それまでは、歌をほめていただくことも多かったけれど、いざプロの世界に身を置くと、「これくらいはできて当たり前」の基準がグンとあがります。技術面はもちろん、求められるアイデアにもちゃんと応えなければいけません。たとえば「世界観をもっと表現して」と言われても、どう頑張っても引き出しはそんなに多くはなくて。

 

ただ「歌が大好き」という気持ちだけでこの世界に入ってきた私にとって、どうすればいいのか、わからなくなってしまったんです。実力不足を突きつけられ、はじめて挫折感のような気持ちを味わいました。もどかしかったです。

 

小柳ゆき
99年のデビュー曲『あなたのキスを数えましょう』のミュージックビデオを撮影中

── 夢を抱いて飛び込んだ世界で味わった挫折感。その気持ちと、どう向き合っていたのでしょう?

 

小柳さん:自分ではもう少しゆるやかに活動できると思っていたんです。じつは、デビューに向けてデモテープを作るなかで、自分自身の歌の未熟なところも見えてきたので、「学びながら成長していければ」という気持ちがありました。でも17歳といっても、プロの世界に入ればプロとして扱われるのは当然。認識が甘かったんです。

 

「たりない自分」を隠すために、メイクは濃くなり、衣装は派手に。必死に背伸びをして、見た目変えて「武装」するような感覚がありました。

 

── プロの世界で戦うために、自分を鼓舞する「鎧」のようなものだったのでしょうね。そうした葛藤や悩みを打ち明けられる相手はいましたか?

 

小柳さん:いえ、あまりそうしたことを人に言えるタイプではないですし、言ってはいけないような気もして。だからこそ鎧を着こんでしまったのかもしれません。だんだん歌うことがつらくなって、歌との向き合い方がわからなくなってしまったんです。あれほど大好きでたまらなかった歌と、まっすぐに向き合えない。だから、少し歌と距離を置きたいと思うように。

 

デビューして3年が経つころには、仕事以外で歌を歌わなくなっていました。このままだと、歌への純粋な気持ちを失ってしまうのではないだろうか。いまの環境から離れて、自分のことも見つめ直してみたい。そう思って、イギリスへ渡り、4か月滞在しました。本音をいえば、仕事から逃げたかった。もう一度自分を立て直すための時間が欲しかったんです。その選択があったからこそ、今もこうして歌い続けることができているのだと思います。

 

 

高校生で歌手デビューし、一躍脚光を浴びた小柳ゆきさん。しかし、プロの厳しさと自分の未熟さの間で揺れていました。歌との距離は広がっていき、気づけば、口ずさむことさえなくなっていました。自分を見つめ直そうと、単身ロンドンへ向かいます。しばらく音楽と離れたことで、逆に自然と歌を口ずさむようになったそう。「やっぱり私は歌が好きなんだ」「また、昔みたいに歌えるかもしれない」と、そのとき原点に立ち戻れたそうです。
 

取材・文/西尾英子 写真提供/小柳ゆき