親に介護が必要になるときはいつか訪れます。そのとき、どのように向き合えばいいのでしょうか。タレントの山田雅人さんのお母さんは2015年、認知症と診断されたといいます。最初は他人ごとと感じていた介護に全力で向き合うようになったのは、妻のあるひと言がきっかけでした。(全4回中の1回)

僕はずっと勘違いをしていたけれど…

── 2013年に山田さんのお父さんが亡くなってからすぐ、お母さんの様子がおかしいと感じるようになったと伺いました。2015年に認知症と診断されることになりますが、その間、どんなところに違和感を抱きましたか?

 

山田さん:僕はずっと勘違いしていたのです。女性って夫を亡くすと元気になるイメージがあって。父を亡くしたばかりのときは落ち込んでいた母も、いずれは友だちとランチや旅行に行くなど、アクティブになるだろうと思いこんでいました。母はもともと元気なタイプでもあったので。

 

でも父が亡くなり、ひとり暮らしとなった母は孤独だったのかもしれません。父と一緒に住んでいたころは、ちょっとしたことでも会話を楽しめたんですね。たとえば「今日、スーパーでトマトが安かったから思わず買っちゃった」みたいな日々のことも、父に伝えられたわけです。それが、どんなできことがあっても誰にも話せず、ひとりで抱えるしかなくなってしまい、生活にもメリハリがだんだんなくなっていきました。

 

── どんなときにお母さんの生活にメリハリがなくなったと感じたのでしょうか?

 

山田さん:ひとり暮らしになってからは、規則正しい生活をするのが億劫になっていたようです。父がいたころは夜になればお風呂に入り、きちんと布団を敷いて寝ていました。ひとり暮らしになってからは、テレビを観ながらこたつでうたた寝をして、そのまま朝まで眠ることが増えました。

 

僕はふだんは東京に住んでいますが、週に1回、大阪で生放送のラジオ番組を担当しています。だから毎週、実家に帰り、母と会っていました。母の生活スタイルが変わっていくのを見て「以前と違うな、どうしたんだろう?」と、気になってはいたんです。そのうちに「おかしいな?」ということが増えていきました。たとえば、冷蔵庫に同じプリンが20個くらい、同じチョコレートアイスが10個くらい入っていることがありました。1度買ったことを忘れて、買い物に行くたびに購入していたのでしょう。

 

山田雅人
デビュー2年目で漫談家としてNHK新人演芸コンクールに出場

── お母さんの様子がおかしいと感じたとき、山田さんはどう考えましたか?

 

 山田さん:まさか認知症だとは思いもしませんでした。だから、「プリンが20個なんておかしいやろ。こんなに同じもの、誰が食べんねん!」と怒ってしまったんです。母は「そうだね、おかしいね」とうなずいていて。今思えば、かわいそうなことをしてしまいました。

 

認知症になると記憶が保てません。だから、買い物したことなど、自分の行動そのものを覚えていない。なぜ怒られているのかも理解できないんです。不安や悲しみだけのネガティブな感情を抱くようになり、それが認知症の進行を招く場合もあるようです。僕にはそんな認知症に関する知識が当時はまったくありませんでした。

 

プリンやアイスを続けて購入する以外にも、なくしものが増え、いつも家のカギや定期券を探している姿が気になりました。さらに、愛犬がどんどんやせ細っていくんです。えさをあげるのを忘れるんですね。おかしいなと思いつつ、まさか認知症とは想像もしませんでしたから、「年齢を重ねて物忘れが増えているんだろう、しっかりしてもらわないと…」というくらいの気持ちでいました。