情報番組『とくダネ!』の取材を通して、サンドウィッチマンの伊達みきおさんと知り合ったフリーアナウンサーの熊谷麻衣子さん。つき合うまでには8か月の時間を要しましたが、「これは敵わない」と交際を決めた瞬間があったそうで── 。(全4回中の1回)

サンドウィッチマンは名前だけ知っていたけれど

熊谷麻衣子
サンドウィッチマン・伊達みきおさんと結婚16年目になる熊谷麻衣子さん(左)

── 2009年にサンドウィッチマンの伊達みきおさんと結婚されて今年で16年。現在は中学2年生の娘さんと3人で仲よく暮らしているそうですね。おふたりが出会った当時は、熊谷さんはフリーアナウンサーとして活躍されていたときですよね?

 

熊谷さん:はい。私は国立音楽大学を卒業後、新卒で岩手めんこいテレビに就職しました。アナウンサーとして活動しながら、プライベートでアメリカに滞在している友人を訪ねたときに、アメリカ同時多発テロが発生して。急きょフジテレビのアメリカ支社で取材をした経験から、さらにスピーディに幅広い情報を伝えたいと思い、退社して拠点を東京に移し、フリーアナウンサーとして『情報プレゼンターとくダネ!』のリポーターを担当しました。

 

── 夫の伊達さんと出会ったのは、『とくダネ!』の「2008年注目の人」という企画で、2008年1月にサンドウィッチマンを取材されたときだと聞いています。サンドウィッチマンが2007年12月にM-1で優勝した直後の取材でしたが、熊谷さんはもともと芸人さんに詳しかったのでしょうか?

 

熊谷さん:私はもともとM-1をほとんど知らなくて、芸人さんにも疎かったんです。2007年のM-1直後、妹からサンドウィッチマンという、私たちと地元が同じ仙台出身で、仙商(仙台商業高校)を卒業したコンビが優勝した、と聞きました。妹が「おもしろいから観て!」とサンドウィッチマンのYouTubeを勧めてくれて、家に帰ってはじめてサンドウィッチマンの漫才を観てみたんです。夜にひとりで観ていましたが、つい、声を出して笑ってしまいました。こんなにおもしろい人たちがいるんだな!って。

 

それまではディレクターから指名されて取材していましたが、翌年『とくダネ!』でサンドウィッチマン密着の企画書を見つけて、はじめてみずから取材したいとディレクターに名乗り出ました。

 

── その後、『とくダネ!』の取材でサンドウィッチマンの2人と東京から仙台まで一緒に移動し、伊達さんの実家も密着取材をしたそうですね。

 

熊谷さん:仕事でしたが、夫と出会った日に夫の実家にも行きましたね。

 

── 伊達さんの第一印象は覚えていますか?

 

熊谷さん:相方の富澤さんも含め、サンドウィッチマンの2人は腰が低い人たちだなって思いました。タレントさんですし、移動は番組が用意したグリーン車のチケットをお渡ししたのです。M−1で優勝しましたが、「グリーン車ですか?ありがとうございます!」と夫が嬉しさを全力で出しながら言ってくれたのを覚えています。

 

私は2人が苦労している時代は知らないんですけど、たまに当時の話を聞くと、2人で板橋のアパートに住んでいたと。あるとき、2人でネタ見せに行きましたが、お財布には数百円しか入っていなくて、帰りはタバコを我慢して電車に乗るか、タバコを買って歩いて帰ってくるか、迷ったって言ってましたね。結局タバコを買ったみたいですけど。だから番組からグリーン車のチケットを渡されて喜んでくれたみたいですね。

 

東京から仙台まで移動する車内やロケ車では、夫が場をなごませてスタッフを楽しませてくれました。私は夫と地元が同じだったこともあって、はじめから意気投合。仙台に着くと「ここにこんなお店あったよね」とか、最初から仲よくできた感じはありました。

 

── 旦那さんから見た熊谷さんの第一印象を聞いたことはありますか?

 

熊谷さん:あります。なんだか「この人と結婚する」って思ったって言ってましたね。