24年前、「三瓶です」の自己紹介ギャグでブレイクした三瓶さん。すぐに人気が落ち着き、活動の凪が続くなかで地元・福島に拠点を移します。しかし、思うようにいかず焦る日々。そんな折、親交のあるサッカー日本代表・長友佑都選手から「専属料理番としてトルコに帯同してほしい」との依頼が届き、二つ返事で引き受けたのですが──。(全3回中の2回)

「なんか違う」福島生活に、長友選手からの渡りに船

── 2001年に「三瓶です」でブレイクを果たし、引っ張りだこだった三瓶さんですが、露出が徐々に減り、2016年には拠点を福島に移されています。どんなきっかけがあったのですか?

 

三瓶
福島に拠点を移したころ。冴えない表情が気になる

三瓶さん:当時は「東京じゃもうさすがにムリだな…」という感覚があったと思います。実家がある福島を拠点にして、東京へ通いながら仕事をするのも悪くないかなと考えたんです。早めに地元を拠点にするのもアリかな、という感じで。

 

── 福島ではどれくらいの期間、活動されていたのですか?

 

三瓶さん:1年間ほどです。お笑いの仕事というよりは、福島の食材を使って料理をする番組などに出演していました。もちろん、依頼されたことは一生懸命にこなしたのですが、正直、思っていたのとは違う部分もありました。

 

たとえば、ある仕事を受けたら、同業の他の会社からの仕事は受けにくい、みたいな状況が生まれたり…。そんなこんなで仕事がうまく回らなくなって。「これからどうしよう」と思っていたところに、仲よくさせてもらっていたサッカー日本代表の長友佑都選手から「専属料理番としてトルコに帯同してほしい」というお話をいただいたんです。ちょうど福島での身の振り方に迷っていた時期だったので、二つ返事でOKしました。

「そりゃ、長友さんを選ぶでしょ」と

── そもそも、長友選手との出会いはどのような…? 

 

三瓶さん:もともと『もしもツアーズ』というバラエティ番組で、キャイ〜ンの天野さんと仲よくさせていただいていたんですけど、天野さんの家でのご飯会で、平愛梨ちゃんと知り合って。その後、愛梨ちゃんが『もしもツアーズ』にガイド役でレギュラー出演するようになって、仲よくなったんです。

 

愛梨ちゃんは常識ある子なんですけど、漢字がどうも苦手なようで。『もしもツアーズ』でガイドとしてカンペを読むときに、漢字が読めなくてNGをよく出していたんです。周りの人は「かわいい」って許してたけど、僕はそういうの納得いかないんで。冗談半分で「あの漢字読めないの、ヤバくない?」と、毎回ツッコんでいたんですよ。どうやら、愛梨ちゃんはお母さんから「自分に甘い人じゃなく、厳しくしてくれる人と仲よくなりなさい」と言われていたらしくて。そんなこともあって、僕を好いてくれたようです。

 

三瓶、平愛梨
平さんと『もしもツアーズ』で共演していたころ

── そうだったんですね!長友選手と愛梨さんが、ご結婚される前のことですか?

 

三瓶さん:はい。愛梨ちゃんが長友さんと食事をすることになったときに、「三瓶さんも一緒にどうですか?」と誘ってもらって。それをきっかけに仲よくなりました。

 

── そんな長友選手との出会いがあって。トルコに誘われるほど仲よくなったんですね。

 

三瓶さん:そうですね。僕が調理師免許を持っていることもあったんだと思います。長友さんとしては、長男が生まれたばかりだったので、愛梨ちゃんが海外で寂しい思いをするだろうと考えたんじゃないかな。そういう点で、僕がいれば気が紛れるんじゃないかと思って誘ってくれたと思います。僕は僕で、単純に友達と外国で暮らすなんて楽しそうだなぁって思ったんですよね。

 

── お笑いをやめてトルコに行くことに、未練はなかったんですか?

 

三瓶さん:当時は「外国で暮らせる」ということへの期待のほうが強かったかも。正直「お笑いはまぁいっか」って感じで(笑)、未練はそれほどなかった気がします。「そりゃ、長友さんを選ぶでしょう」と思っていましたね。