娘と娘の彼氏との新しい「三角関係」も

── これまでを振り返って、はなさんをほめてあげたいことがあれば教えてください。

 

安武さん:娘は、そこにいてくれるだけでいいですね。よくぞ、生まれてきてくれた、と。それ以外は何もないです。

 

── 本当にそのとおりですね。最近のブログには、はなさんの彼もよく登場しますが、とてもいい関係を築いていらっしゃいますね。

 

安武さん:そうなんです。最近は、毎日のようにわが家に来るようになって、3人で食卓を囲んでいます。男ふたりで台所に立って料理を作ったり。娘が不在でも、一緒にご飯を食べています。図々しいところもあるけれど、素直なやつで。娘のほうが強くて、言うことを素直にきいてます(笑)。

 

彼の長所は、人を言葉で攻撃したり悪口を言わないところ。一緒にいて不愉快な気持ちになったことがない。僕はそこがすごく好きで。それって、裏を返せば本当の強さですよね。見た目はやさしくて穏やかな感じなんですけど、本当に芯の強いしっかりした人間なんだろうなと思っています。

 

悪口を言わないっていうのは、亡くなった妻が、娘と交わした最後の約束なんですよ。「人の悪口を言ったらダメ。やさしい人になってね」って。娘のまわりにはそういう人が集まってくるんだなあと、あらためて思います。僕なんか飲めば愚痴ばっかり。娘も彼も、自分にないものをもっているなって。年齢は大きく離れていても、そういうところは尊敬しています。

 

安武はな
小学生のころのはなさん。「人のわる口を言わない」と短冊に

── 素敵な関係ですね。安武さんご自身もさらに活動の幅を広げていらっしゃる印象です。

 

安武さん:僕自身は、2020年3月末に西日本新聞社を早期退職して、食育がテーマのドキュメンタリー映画を撮りました。「家族で食卓を囲むこと」の大切さと、「自分がしてもらってうれしかったことを周りの人たちにもしてあげられる人になってほしい」という願いを込めています。

 

これは、私立小学校の音楽教諭だった妻が子どもたちに伝えたかった思いでもあって。彼女は、乳がんの治療のために仕事を辞めた後も、ブログや音楽活動、講演活動を通じて、広く伝えようとしていました。でも、それは道半ばで途絶えてしまった。

 

僕は、映画を作ることで、その妻の思いや志を紡ぐことができたんじゃないかと勝手に思っているんです。妻との結婚生活はわずか7年間だったけれど、その時間があったからこそ作ることができた映画です。また、妻のことを深く知ることができたようにも思えています。妻に感謝しているし、妻にもぜひ観てほしい。だから、映画のエンドロールには「スペシャルサンクス」として妻の名前を刻みました。ほめてほしいというか、ふたりの共同作業で完成した映画を、とても大切に思っています。

 

安武信吾、安武はな
食卓を楽しそうに囲む安武さんと小学生のころのはなさん

── いま、大切にされている時間はありますか?

 

安武さん:家族の時間です。これはもう変わらないですよね。親にとっても子どもにとっても大切だと思っています。

 

音楽も大切にしています。2006年に妻が企画した「いのちのうた」というコンサートがあります。今年で18回目になります。がんで亡くなった中学生の女の子の追悼が、このコンサートの始まりでした。僕は妻の縁で、多くのミュージシャンたちと出会い、サックス奏者としてステージで演奏もさせてもらっています。今思えば、妻が残した「いのちのうた」が、僕にとってのグリーフケア(死別などで喪失を体験した人の悲しみに寄り添い、自立できるように援助すること)だったような気がします。これからも自分の大切なライフワークとして音楽活動を続けていきたいですね。

 

取材・文/高梨真紀 写真提供/安武信吾 参考文献/『はなちゃんのみそ汁』(安武信吾・千恵・はな/文藝春秋)