娘に恋愛相談をできるようになった今
── そんなはなさんはいま、22歳。今年4月には食品会社に入社されたと伺いました。
安武さん:娘は元々、血圧が低くて目覚めが悪かったのですが、社会人になってから、ちゃんと早起きができるようになりました。夜のつき合いを断ったり、早めに就寝できる工夫もしているようです。自立心っていうのかな、きちんとセルフコントロールができるようになったということなのかなと。当たり前のことですが、今まで父親に頼っていたことを、自分でやらなくちゃいけないと思い始めたんだと思います。
あと、7月に会社で健康診断があったんですけど、娘は「マンモグラフィー(乳房のX線撮影)」をみずからの意思で受けたんですよ。自己負担のオプションメニューなのですが。まだ幼いころ、作文に「自分のいのちは自分で守る。これがママとの約束です」と書いたことがありましたが、やっぱり妻との約束を忘れていないんですよね。
── 千恵さんの思いが、ちゃんとはなさんに伝わっているんですね。
安武さん:そう思います。それと…まさかこんな日がくるとは思っていなかったのですが、僕の恋愛相談にのってくれるようになったんです。
今までずっと僕の人生は、娘がすべてでした。だから、娘の成人式の日、彼氏が娘を迎えに来て、ふたりで夜の街へと消えていったときにね、もう力が抜けてしまって。台所で皿を洗いながら、泣き崩れたんですよね。娘の結婚が決まったわけでもないのに、こんな日が来るなんて、もうね、嗚咽です。嗚咽。肩の荷が下りたという気持ちも入り混じっていたのかな…でも、なんか苦しかったですよね。寂しさのほうが大きかったかな。
そんな時期を経ていま、社会人になった22歳の娘に、「実はいま、パパにはちょっと気になる人がおってね」みたいな話をしたら、相談にのってくれて。相手の不安や悩み、今、双方が抱えている問題などを率直に打ち明けました。そのとき、娘はじっと耳を傾けて、「他人と過去は変えられないけれど、自分と未来は変えられる」という気づきを導き出してくれた。自分の恋愛について娘と一緒に語り合う日がくるなんて、思ってもみなかったですけどね。
── もしかしたら、子離れの時期が来ている…のでしょうか?
安武さん:今そう言われるまで気づかなかったけれど、そういうことかもしれませんね。そういえば、この前、妻の命日に墓参りをしたんです。そのときに、妻に向かって「そろそろ、昔のパパに戻っていいかな」って話をしてきました。
妻は娘には厳しい母親でした。父ひとり子ひとりになって僕は「母親役もしなければ」って必死でした。それまでは、娘にはめちゃくちゃ甘いお父さん。妻からは「ずるい」と言われていましたが、うまくバランスが取れていたんです。幼い娘に生きる術を身につけさせるために厳しく接していた母親の代わりは僕しかできないと思って、あえて厳しくしてきましたが、娘は社会人になり、自立しつつありますからね。娘の人生を尊重しながら、ときどき甘い顔も見せる父親に戻っていい時期なのかなと思っています。
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千恵さんが命がけで産み育てたはなさんは、22歳になった今、きちんと母の教えを守って暮らしていました。そして千恵さんが4歳のはなさんに伝えた「みそ汁作り」は、思春期の娘と父をつなぐ大切な習慣になり、今も連綿と受け継がれています。
取材・文/高梨真紀 写真提供/安武信吾 参考文献/『はなちゃんのみそ汁』(安武信吾・千恵・はな/文藝春秋)