「胸がなくても大丈夫」。励ましのようでもありますが、乳がんを患い実際に乳房を失った人たちの心を砕くひと言でもあります。乳がん患者専用の補正下着の試着・販売サロンを経営する神田文子さんもその言葉に苦悩した人のひとりです。(全3回中の3回)
「老人ホームでからかわれて」86歳の女性が来店
── 神田さんは乳がんで左胸を全摘後、身体に合う下着が見つからず社会復帰に悩んだ経験から、胸の形に合わせてパットの形が調整できる補正下着を販売しています。お客さんはどのくらいの年齢層の方が多いのですか?
神田さん:20代から80代まで、お客さんは幅広い年代層です。最高齢は86歳の方なのですが、入居する老人ホームで体操をしたときに、入居者のある男性から「なんだ、お前の胸おかしいぞ」と、からかわれたそうなんです。「それで腹が立って買いに来たのよ」と、杖をついて来てくださいました。その気力が本当に素晴らしいな、と。「この仕事をしていてよかった」と改めて思いました。
── 年齢が若い方もいらっしゃるんですね。
神田さん:そうですね。若い方向けのお洋服は、身体にぴったりしたものも多いので、そういう服も着られるようにフィッティングをアドバイスしています。あとは、お仕事をお持ちの方のご相談も多いですね。「職場でピタッとした制服が着られなくなってしまった」という方もいらっしゃいます。ダンスをしている方や、スポーツをしている方にも喜んでいただいています。
── お客さんの悩みで共通していることはありますか?
神田さん:まずは「自分が乳がんだと他人に言いたくない」という悩みをみなさんお持ちですね。誰にも気持ちをわかってもらえないので。夫にもわかってもらえない、という方もいますし、お友だちにも言いたくないという方も多いです。
だから「私も全摘なんです」とお話しすると、心の扉を開いてくれることがあります。私の手術痕を見せて「手術後10年経つと、傷もこれくらいキレイになりますよ」と、お伝えしたりすることもあります。みなさん、他人の手術痕って、なかなか見る機会がないんですよね。

フィッティングをしてお客さまの手術痕を見たときに「キレイですね。先生がお上手だったんですね」とお伝えすると、「自分では傷が引きつれてひどいと思っていたけれど、乳がん経験者から見て、私の傷はキレイなんだ」とわかり、ホッとしてもらえることも多いです。