「またか...」というあきらめを抱くも
── 学生のときも、佐藤さんの勤務先に「あの人、男ですよ」って密告の電話があったとおっしゃってましたよね。そんな電話をしてくる人がいるんですね…。
佐藤さん:いますね。このときもまたか…。という感じでした。がんばったり、自分のやりたいことが形になりそうになると、決まって足を引っ張ったり、意地悪をしてくる人が出てくるんです。幼少期からそんな経験ばかりでした。
でも、母に相談したら「逆に、今が言うタイミングなんじゃない?」って言ってくれたんです。母は、過去にも私がトランスジェンダーであることを密告されたり、傷つく場面をずっと間近で見てきました。今までは隠しながら、薄氷の上を歩くような毎日を送っていたけれど、そんな状態はいつまでも続けられない。社長にだけでも話してみたら?って背中を押してくれました。それで社長とマネージャーに相談することにしました。
── その後、どうされたんでしょうか?
佐藤さん:社長は最初は驚いていましたが、事情をしっかり理解してくれて。今まで通り女性としてモデルの仕事を続けることになりました。そこから「これを機に世間に公表してもいいんじゃないか」という話になりました。それで、社長とマネージャー、私の3人で、何度も本当に長い時間をかけて話し合いをしました。事務所の人は私の気持ちを何より大切にしてくれました。そうしたやり取りのなかで、公表することを決めました。
── 公表することに、葛藤などはなかったですか?
佐藤さん:もちろん、ありました。すごく悩みましたし、自分のなかでは「公表しよう」と決めてからも、不安はずっとありました。やっぱり、周りの人たちがどう受け止めるのか考えると怖かったんですよね。それで、また母に相談したんです。そしたら母は「公表することで、離れていく人もたくさんいると思う。でも、少ないかもしれないけど、残ってくれる人もいる。そうしたら、その残った人を大切にしていけば、きっと幸せな人生を送れるんじゃないかな」って言ってくれたんです。