病気が発覚しても薬を飲めばいいと考える人もいれば、本気で生活改善を図る人も。後者だった假屋崎省吾さんは、食生活や行動を劇的に変えていきます。健康以外に本気の糖尿病対策によって得たものとは?(全3回中の1回)

忙しさの反動で暴飲暴食「ようかん1本をペロリ」

── 66歳になった現在も華道家として全国を飛び回り、個展や花教室など精力的に活動を続ける假屋崎省吾さん。テレビでの歯に衣着せぬ発言で人気者だった假屋崎さんが「2型糖尿病」と診断されたのは2003年。40代半ば、まさに脂ののった時期。最初に異変を感じたのは、どんな症状からでしたか?

 

假屋崎さん:とにかく身体がだるくて、階段をのぼるのもつらかったんです。のどがカラカラに乾いて、寝ても疲れが抜けない。そんな日々が続いて「これはおかしいな」と思い病院で血液検査を受けたら、ヘモグロビンA1cの数値が異常に高く、「2型糖尿病」と診断されました。血糖を下げるインスリンの働きが弱くなって血糖値が高い状態が続く病気で、治療しないと心臓や腎臓などに影響が出ることもあるそうです。

 

── 当時の生活はどんな感じだったのでしょう?

 

假屋崎さん:華道家としての仕事に加え、テレビやイベントにもひっきりなしで、目まぐるしい毎日でした。忙しさに比例してストレスが積み重なり、睡眠不足や暴飲暴食が習慣になってしまって。いま思えば信じられませんが、当時は1日5食が当たり前でした。バイキングで好きなだけ食べ、15時のおやつにはようかんを1本まるごと食べたり、ケーキをホールでたいらげることも。ピーク時の体重は80キロ近くありました。

 

じつは、父も糖尿病で59歳のときに亡くなっているんです。ですから、遺伝的な要素も影響していたのかもしれません。そこに食べすぎや不規則な生活が重なり、発症したのでしょうね。当時は病気に関する情報がいまほど手軽に入ることがなく、予備知識はほとんどなくて。無知ゆえの油断があったのだと思います。

 

假屋崎省吾
園芸少年だった7歳ごろの假屋崎さん

── 医師からはどんな指導があったのでしょうか。

 

假屋崎さん:数値が高すぎて、このままではインスリン治療が必要になる。それが嫌なら食事制限を徹底するようにと強く言われました。そこで一念発起し、食生活を見直すことにしたんです。