公衆電話がある場所まで歩いて電話を

── マサイ族が伝統を重んじるのは、日本人と通じるところがありますね。話は戻りますが、初対面で会話をしなかった旦那さんとは、その後どう発展していったのでしょう。

 

永松さん:儀式の間、「一緒に写真を撮ってください」と夫にお願いして撮ってもらったのですが、そのときの夫といったら「外国人に媚を売るつもりはいっさいない」というような硬い表情でした。一緒に儀式を見学したカメラマンが写真を印刷してくださったので、1か月ほど経って、夫の住む村の近くに仕事で行った際に届けたんです。

 

マサイ族の村
牛が放牧されている、のどかなマサイ族の村

写真の枚数が多かったので、いろんな方に「これ渡してね」と配り歩いていたのですが、夫にだけはもう一度会いたいと思っていました。わかりやすく言えば、あの儀式で私のいちばんの「推し」が夫だったんですね。

 

夫に再び会えた際には「儀式を見て本当に感動したので、この美しさや素晴らしさを日本の人に伝えていきたいと思っています」と話しました。その場で一応、私の名刺を渡したのですが、なんと後日、夫から電話がかかってきたんです。「無事に帰れましたか」というような電話だったのですが、村では携帯電話の電波が通じないところにあるので、夫は遠い場所にある公衆電話まで歩いて行ったそうです。夫は教育を受けていないので文字は読めないのですが、数字はわかるので名刺の番号に電話をかけることができたと言っていました。

 

── すごい!ドラマのようですね!

 

永松さん:ロマンチックに感じるでしょう?ところが、マサイ族は現実主義で、ロマンチックとは無縁です。親が結婚を決める場合も多いです。最近は、学校に通っている人も多いので学校で出会って結婚する方もいます。今だからわかることですが、マサイ族はとにかく自分たちの理解者がものすごく好きなんです。自分たちを理解してくれる人は仲間で大好きな存在なんですね。だから私を好意的にとらえてくれていたんだと思います。

 

ところが、それを知らない当時の私は、電波もない場所からわざわざ連絡をくれたことに感激してしまって。「また村に遊びに行ってもいいですか」と聞いたら、「ぜひ、どうぞ来てください」と。次に遊びに行った際に、その場で長老から結婚の話がありました。

 

── 急展開ですね!

 

永松さん:お互いにどういう性格の人間なのかはまったく知らないものの、とにかくマサイ族の文化に対するリスペクトの強い女性だということで気に入られたんだと思います。

 

夫が言うには、野性的な勘と言いますか、マサイ族はそもそも「この人のこういうところが好き」と理屈じみたことを言うような人たちではありません。夫にあとから聞いた話では、「こういう出会いは普通だとありえないし、外国人と出会うチャンスがまずない。あなたと出会えたのはきっと、神さまがくれたご縁ではないか」と言っていました。

 

夫は神さまという言葉を使いましたけど、日本人的に言うとやっぱり運命の赤い糸だとかそういうふうな言い方になるのかなと思います。私としても、ふたりの意思というよりも何か大きなものに動かされたような感じがして、こんな展開には、それに乗ってみるのもおもしろいんじゃないかなと思って、マサイ族の夫と結婚することを決めました。

 

 

長年、ツアーガイドやコーディネーターの仕事をしている永松さんは、「結婚したからといって、あなたが大切にしていることを壊す必要がない」という夫や長老の意見が結婚の決め手になったといいます。「自分らしさや仕事を失って、マサイ族の村で生活はできないと思う」と話す永松さん。マサイ族の夫・ジャクソンさんが日本を訪れるたびに「夫の姿勢を見習わないと」と感じる出来事があるそうで、結婚20年が経っても相手への尊敬の念を大事にするマサイ族の文化に魅了されているといいます。

 

取材・文/内橋明日香 写真提供/永松真紀