歌手の秋川雅史さんは、彫刻の作品が二科展で入選するなど、その腕前が評価されています。作品を売らないと決めている理由は、ストイックな性格が影響しているそうで──。(全2回中の2回)
お寺から依頼を受けて彫るほどの腕前
── 『千の風になって』の大ヒット後、多忙な日々をお過ごしだったと思います。仕事の面ではどんな変化がありましたか。
秋川さん:それまでは私のことを知ってもらうために一生懸命だったのですが、「秋川雅史の歌を聞きたい」と、世の中が求めているところに行って仕事をさせてもらえるようになったことが、大きな変化でした。やりがいもあって、どんなに忙しくても苦痛と感じることはなく、幸せだと感じながら仕事をさせてもらっています。

── ファンの方からお手紙を寄せられたことも多かったそうですね。
秋川さん:大切な人を失った経験をされた方から、「この歌を聞いて、すごく前向きな気持ちになれました」というメッセージをたくさんいただいて。大切な人を失ったあとは、なかなか自分の人生を前向きに歩んでいこうとは思えないと思うんです。そういう意味でこの曲は、つらい思いはするけれど、自分が幸せになることが亡くなった方への供養になるということを伝えているのではないかと思います。残された方ではなく、亡くなった人の立場からの目線で歌っていることも、みなさんの心に残る理由になったのではないかと思います。
── 2006年のNHK紅白歌合戦で披露した翌年にミリオンセラーとなりましたが、新曲ではなく、ほかの方が歌い継いできた曲だそうですね。
秋川さん:当時、無名だった私が紅白歌合戦で歌うことになったのですが、『千の風になって』は、もともと新井満さんが歌われていて、そのあと何人も歌ってきた方がいらした曲です。おそらくですが、クラシックの発声法で歌うことで、これから50年、100年先も歌い継がれるようになってほしいという思いがあって、私に紅白歌合戦のステージを託していただけたのではないかと思っています。クラシックは何百年も歌い方が変わっていないので、年代を重ねても色褪せることなく、普遍的な歌として聴いていただけるのが魅力だと思います。
── おっしゃる通り、今も心に沁みる歌として皆さんの心に届いていますね。秋川さんは、歌手活動を中心に据えながら、彫刻家としても作品を生み出していると伺いました。
秋川さん:自分としては、あくまで本業は歌手で、彫刻は趣味と完全に割りきっていて、単純に趣味として楽しめたらいいなと思っています。歌手としては自分が追い求めている、理想の歌声というものがあるので、そこに行きつかない悔しさや、ここまで達しないといけないというプレッシャーに負けないよう、日々練習を重ねています。歌に関しては常に「どうしてこんなに上手く歌えないんだろう」という思いしかありません。
だから彫刻を仕事にしてしまったら「この作品のここが不満だ」とか、「もっといい作品が作れないとダメだ」という思いがきっと出てきてしまうと思うんです。彫刻では、趣味として自分のレベルに合った作品を作っていけたらと思っているので、今は出来上がった作品に大満足です。
── 趣味と仕事のバランスをとっていらっしゃるんですね。そうは言っても、出来上がった作品は趣味の域を完全に超えているように感じます。依頼を受けることもあると伺いました。
秋川さん:依頼を受けて、お寺に作品を納めたことがあります。のめり込んでいくタイプなので、やっぱり毎日続けて彫っていくうちに、上達していくんだと思います。1年に1作品と決めて作っているのですが、初めて二科展で入選した作品は「1000万円で売って欲しい」と言われたことがありました。「ごめんなさい、これは代々引き継いでいくものなので」とお断りし、今まで自分が作った作品はひとつも販売していません。あくまで自分の仕事は歌手ですね。