テノール歌手として活躍する秋川雅史さんは、現在大学生のふたりのお子さんがいらっしゃいます。これまで歌手としてのイメージ作りのため、家庭の話はしてこなかったそうですが、「子育て以上にやりがいがある仕事はない」と語ります。(全2回中の1回)
仕事前に息子と「ベビースイミング」
── 秋川さんは現在、大学生3年生の長男と、大学1年生の長女がいらっしゃるそうですね。『千の風になって』が大ヒットした当時、お子さんたちは小さかったと思います。
秋川さん:2006年のNHK紅白歌合戦に出場後、本当に忙しくさせてもらっていたのですが、当時息子は1歳半で、娘は0歳でした。プライベートではまさに子育てに全力投球していたのですが、歌手・秋川雅史のイメージ作りのために、仕事では家庭の話はいっさいしていませんでした。実は私の中では子育てが生活の中心で、ベビースイミングに行くために、仕事を調整してもらっていたこともありました。

── ステージに立つ姿からは、まさか直前にお子さんとプールで泳いでいたなんて、誰も想像していなかったでしょうね。
秋川さん:息子は7か月からベビースイミングを始めたのですが、通い始めたころは、妻が長女を妊娠中で、私が息子と一緒にプールに入ることにしました。その後、仕事が忙しくなってからも週に1回、プールがある曜日の午前中だけは仕事を入れないようお願いしていました。プールの場所が結構遠く、朝のラッシュ時の山手線に30分ほど乗って。プライベートの話をしていなかったので、ベビーカーを押して電車に乗っていた当時の私の姿を見た方は、きっと不思議に思ったでしょうね(笑)。
そのときは大変でしたけど、今思うと最高の思い出です。本当に忙しくて早朝から深夜まで働いていたのですが、そのなかでも、小さいころの息子と一緒に過ごせる時間を作れてよかったなと思っています。
── 先日、子育てに関する本を出版されましたが、プライベートを明かしていこうと思った理由はなんですか。
秋川さん:息子がピアニストとしてCDデビューしたこともありますし、私も50歳半ばになり、家庭の話をきっとファンの方は理解してくださるだろうという思いもあります。私は、子どもが生まれる前から、子どもを持つことへの夢や、「こうやって子どもを育てたい」とイメージを強く持っていました。息子が0歳のころから常にバッグに小さいノートを入れて持ち歩き、子育てに関する気づきなどを殴り書きで書き留めていたんです。子育ては一生かけて行うものだと思っているので、子どもたちが大学生になった今もまだまだ子育ては継続中ですが、この20年を振り返って本としてひとつの形にまとめました。
── 秋川さんは子育てをポジティブにとらえて楽しんでいるそうですね。
秋川さん:子育て以上にやりがいのある仕事はないと思っています。ひとりで高級レストランに行くことより、家族でファミレスに行って、自分のエビフライを子どもにあげて、それをおいしそうに食べている顔を見る方がよっぽど幸せだと感じています。
私は、歌手として歌を聞いてくださる方が、元気に頑張ろうと思っていただけるよう社会に貢献する仕事をしているのですが、仕事はいつか引退するときがやってきます。でも、自分が育てた子どもは、自分が世の中に存在していた証となり、また次の世代へ受け継いでいってくれます。自分ひとりの満足感ではなく、次につながる喜びを感じられる存在がいることは何よりの生きがいですね。
── 秋川さんが考える、子育てで大切なことは何ですか。
秋川さん:育児書などにもよく書かれていますが「子どもは褒めて伸ばす」ということを耳にする機会は多いと思います。当然、理想としてはそれが正しいと思っていますし、私も子どもを褒めて伸ばそうと思っていたのですが、当然、子育てでは叱らなければならない部分がたくさん出てきます。
自分の子育てを通じて、褒めるだけではなく、褒める部分と叱る部分とが必要だということを知りました。それに子どもは褒めすぎても叱りすぎても慣れてしまってうまくいかなくなります。子どもを叱りすぎてしまった夜には「こんなに怒る必要はあったのかな」と落ち込むこともありました。子育てでは、褒めることと叱ることのバランスがとても大事で、きちんと効果があったのか、その後もしっかり子どもを観察していくことが重要だと感じています。
── お子さんたちには、反抗期はありましたか。
秋川さん:いわゆる世間一般の反抗期とまではいかないかもしれないのですが、これは「きっとそうなんだろうな」という変化が見えたことはありました。
娘が中学2〜3年のころ、私がアドバイスをしたことに対して、いちおう「うん」と返事をしているものの「これは心の中ではそう思っていないだろう」と私が感じるような表情をしていたんです。「ここで反抗したら、きっとお父さんは面倒くさいだろうから」と思ったんでしょうけど、素直に話を聞いていた今までとは何かが違うと思いました。
── 娘さんの変化に、どう対応されたんですか。
秋川さん:そのことについてはあえて触れず、その時期は、小さいころから続けていた褒めることと叱ることをより大袈裟にするようにしていました。ふたつのコントラストを思いっきりつけたんです。娘からそっけない態度を取られたら、機嫌取りに走ってしまうお父さんは多いと思うのですが、私は、娘の反抗に「そんなことにひるむ人間じゃないぞ」という姿を見せてきました。その結果、高校生になってからは、娘とよりいっそう仲良くなったと思います。私が書いた本を、息子はまだ読んでいる途中だそうですが、娘は一気に読んで、「私も、子どもが生まれたらこうやって育てたい」なんて感想も言ってくれるんですよ。
── それはうれしいですね!普段、お子さんたちとどんな会話をされているんですか。
秋川さん:学校や友達のこともよく話しますし、割と会話が多い家族だと思います。子どもたちには「恋愛もどんどんしていい」と伝えています。彼氏や彼女を連れてきてもらっても私はうれしいですし、何も隠す必要はないと思っています。