働きすぎで倒れた母の経験「働く人を支えたい」

── ドラムに情熱を注いでいる様子が伝わってきます。いっぽう、社労士として実現したいことは?

 

山中さん: 専門知識を用いて、働く人を幸せにしたいです。法律を知らずに負担の大きい働き方をしている人たちが存在します。また、いまでこそ少なくはなりましたが、経営者が法律を知らずに、ムリな仕組みを作っていることもあります。たとえば、最低賃金を満たしていない、固定残業(みなし残業)を超過した賃金は支払うべきなのに支払わないなどです。

 

同じ働き方だとしても、労働者が法律を知っていて雇い主と同意のうえで仕事にのぞむのと、法律を知らずに言われるがまま働いて自分を追い込んで不幸になるのは違います。法律を知らずに働かざるを得ない人たちの世界を広げたいんです。以前、働きすぎで母が倒れたことがあるからなおさら強く思うのは、それぞれが法律を守り、労働基準法に反した長時間労働を強いられるケースを減らすなど、人間らしい働き方ができるようサポートしたいということです。とくに音楽業界について詳しい社労士が少ないので、関連する案件があれば積極的にやってみたいです。とはいえ、まずはいまの勤務先である社労士事務所で修行し、いずれ独立するのが現在の目標です。

 

── 独立を目指しているのですね。社労士事務所での仕事で達成感や喜びを感じるのはどんなときですか?

 

山中さん:社労士の仕事は案件ごとに、求められる対応が変わってくるので、それを見越して先にこちらから提案したり、動く必要があります。自分の提案に「そういうことも起きるんだ」「事前に対応してもらえて助かる」と言われると、仕事の充実感を覚えます。

 

たとえば、給与計算業務も行いますが、その最中に労働時間の長さから「この人は働きすぎかもしれない」というケースに気づき、顧客にその労働者の働き方の改善提案をすることがあります。社労士は法律を扱うのでルールを遵守していくガチガチな仕事に見えるかもしれません。ある事象を、いくつかの法律をあてはめて解釈するなど柔軟に考え、「この場合、顧客のためにこの法律や解釈で臨むのが最適では?」と、違った視点でものごとを考えるのがすごく好きです。

 

── 社労士のひと言が、働く人の人生を変える可能性もあるんですね。バンド時代と現在で、もっとも異なることは?

 

山中さん: バンド時代はドラマーとして自分自身と向き合うことが多く、限られた世界で自分自身と戦うイメージでしたが、現在はいろんな立場や背景の方々と仕事をして世界が広がり、俯瞰で見るべき範囲が広がりました。とくに、社会保障や労働環境含め、社会や企業の仕組みを作っている人たちはすごい、社会っておもしろい、と心から感じます。

 

── バンド活動から社労士へ。まったく異なるように見える2つの分野を楽しんでいる様子が伝わりますが、振り返ってどのように感じますか?

 

山中さん: バンド活動中は、自分が社労士を目指すようになるとは想像もつきませんでした。バンドのときもいまも一貫しているのは、「ものすごく負けず嫌い」で「知識欲旺盛」な性格で進んできたことです。

 

「負けず嫌い」は、音楽活動においては、自分が満足するだけでなく、多くの人に「いいね」と言ってもらいたいと頑張ることにつながりました。社労士の試験で1度不合格だったときも、ものすごく悔しくてバネにしました。「知識欲」については、小中学生時代から、やや苦手な科目はあるものの、勉強自体がすごく楽しかったんです。私は知識が増えることに喜びを感じるタイプ(笑)。だから、社労士事務所での仕事を通して、知識が増えるのも純粋に楽しめるんです。

 

改めて振り返ると、やりたいと決めたらそれに突き進む人生を送ってきました。ドラムを始めたときから、一貫してやりたいことを形にするために頑張る姿勢を続けています。いま思えば、結果的に自分に向いているものを選んできましたし、同時にその決断をあと押ししてくれる身近な人にも助けられてきたと感じます。もしかすると、もうひとつの世界で「やってみたかったなぁ」で終わっていた自分もいるかもしれないと考えると、とにかくやってみたいことをやったいまの自分は、いい決断をしたと思います。

 

PROFILE 山中綾華さん

やまなか・あやか。高校生からドラムを始め、所属事務所内で結成されたバンドに加入。2015年にはメジャー・デビュー。ライブハウスから代々木第一体育館まで駆け抜け脱退。2023年、社会保険労務士試験に合格。ドラマー兼社労士の二刀流を目指して活躍中。

 

取材・文/岡本聡子 写真提供/山中綾華