働く人を支えたいと社労士を目指し試験勉強を開始
── 次の方向性を見出せたきっかけは?
山中さん: いろんな人の話を聞き、私は専門知識を持って「働く人を手助けする仕事をしたい」と思いました。音楽業界でも契約に悩んだり、労働条件に負担を感じたりするミュージシャンの話を聞いていましたし、私の母も仕事をかけ持ちして働きすぎて倒れた過去があり、当時、何とかできないものかと感じたからです。
その流れで、社会保険労務士(以下、社労士)という資格を見つけました。最終的には、バンド時代からずっとサポートしてくれている個人マネージャーから私の「まじめさ」「曲がったことが嫌いな性格」が社労士という仕事に合っているのでは、と背中を押されたのが決め手になりました。
── 山中さんがこれまで持っていた問題意識に関わる仕事として、社労士が浮かんだのですね。ほかの選択肢も検討したのでしょうか?
山中さん: 一度決めたらひとつの物事に突き進むタイプなんです。そのため、ほかの選択肢は頭にありませんでしたし、社労士になろうと決めるまで、バンドを脱退してから半年もかかりませんでした。社労士について調べるほど、何も知らずにしんどい働き方をしている人、悩んでいる人の力になりたいと思う気持ちが強くなりました。
社労士を目指すと伝えると、家族や友人は驚いていました。「社労士」という仕事を知らない人もいて、「何の職業?」という感じでしたね。いっぽうで私は、自分で決めた道に向けて教材をそろえるなど、受験準備をすぐにはじめました。
── 社労士試験は、年1回の実施で合格率6〜7%の難関。出題範囲は労働基準法をはじめとし、8科目にわたる膨大な知識量が必要です。受験勉強は大変だったのでは?
山中さん: 私は軽音部ありきで志望校を選んだのですが、その志望校もそれほど厳しい受験勉強を必要とする高校ではなかったですし、大学受験も経験していないので、実質、社労士試験が人生で初めて気合を入れた受験勉強でした。勉強する内容が法律のため、最初は「傷病手当金と傷病手当」など少し違うだけで意味がまったく異なる言葉の組み合わせなどに苦戦しましたが、オンライン講座を受けつつ、勉強のコツをつかんでからは意外と楽しめました。
でも、1回目は不合格でした。ものすごく悔しくて、打ちのめされました。自分に何がたりないかを分析したところ、試験に必要な知識を覚えても、それらが実際の仕事では何につながるのかがまったく理解できなかったからだと、思い至ったんです。そこで、社労士事務所でパートとして働いて、仕事を覚えながらもう1年勉強することにしました。おかげで仕事を通して、労働者に起きる事象と社労士が行う手続きが結びつき、自分の中で関係図が描けるように。ひとりで過去問の答えを導き出せるようになったんです。これが功を奏して、受験2回目の28歳で合格しました。
── おめでとうございます!仕事と勉強で忙しい日々だったと思いますが、途中、煮詰まることはありませんでしたか?
山中さん:バンド時代から現在までサポートしてくれている個人マネージャーから「たまには休憩したら?」と、言われることはありました。そんなときは、ドラムのことを考えるのがいちばんのリフレッシュになりましたね。当時からドラムとコーラスを合わせたハモリ用の「ドーラス」動画をネットに素性を隠して投稿していましたが、そのアイデアを考える時間が気分転換になりました。私の場合は休みをとったり、遊びに行ったりするよりも、やはりドラムに助けられたんです。