24歳で乳がんが発覚した元日本テレビの鈴木美穂さん。死がよぎった際に思い浮かんだのは、5つの夢でした。しかし、術後の現実は厳しく、一時は諦めそうになることもあったそうですが、現在の夫との出会いで大きく人生が変わっていきます。(全3回中の3回)

死ぬ前に叶えたかった「5つの夢」

鈴木美穂
結婚式のときの記念の1枚

── 鈴木さんには20代のころから、絶対に叶えたい5つの夢があったそうですね。

 

鈴木さん:私は24歳で乳がんになったのですが、そのときに頭に浮かんだのが、「自分にしかできない仕事」「親孝行」「結婚」「出産」「世界一周」という5つの夢でした。これを実現できないまま「死にたくない」と。

 

病気がわかってすぐに、まず「世界一周」の夢を叶えたいと思いました。ただ、当時の主治医に言われたのは「命が最優先で、まずは治療をがんばりましょう」と。「術後も抗がん剤治療やホルモン治療、経過観察があるから、10年経って病気が完治したとみなせるときがきたら行ったらいいのではないか」と。それで「世界一周」は10年後の目標になりました。

 

社会復帰した後も出産は治療の関係で5年は難しいと言われましたし、恋愛は闘病中につき合っていた彼とはお別れしていたので「結婚」も「出産」も夢のまた夢。治療では髪の毛などが抜け、いつまで生きられるかもわからなくて自分に自信がなくなっていたので、新しい恋愛も難しいと考えていました。

 

── そうなるとそのときにできる夢は残り2つですね。

 

鈴木さん:そうです。なので、まずは「自分にしかできない仕事」だと思い、乳がんになった経験を活かしてさまざまなプロジェクトを立ち上げ、2016年にがんに影響を受けた人や家族、友人が気軽に無料で相談できる場所「マギーズ東京」を、多くの方々に協力していただいて開設しました。現在も、がんになっても自分らしく生きていける社会を作っていくために、さまざまな取り組みを行っています。

 

「親孝行」はプレゼントを贈ったり、両親が行きたかった北欧に行って一緒にオーロラを見るなど、そのときどきでしているつもりです。ただ「両親が私にくれたものと同じくらいの親孝行ができた」とは思っていないので、5つの中でいまだにいちばん達成できていないですね。今後も続けていきます。

 

── その後、2017年に結婚、2019年に世界一周、2022年にお子さんを出産して、ほかの夢も叶えました。恋愛には自信がなかったのに、いまのパートナーとはどうやって知り合ったのでしょうか?

 

鈴木さん:昔の私はわりと恋愛体質だったのですが、乳がんになってから恋愛に臆病になりました。仲よくなった人がいても、勇気を出してがんだったことを伝えると次の日から音信不通になるということもありましたし…。それで恋愛にブレーキをかけて仕事に邁進していたのですが、今のパートナーとはがんになって8年が経つころ、友人主催の勉強会で出会いました。

 

彼は私が初めて受けたインタビュー記事を読んだことがあり、私が乳がんだったことを最初から知っていました。それにも関わらずフランクに接してくれて、2人の距離が近づいてきたときに改めて乳がんだったことを伝えましたが、「俺も父親がいなかったことがコンプレックスだった。誰にでも人には見えないコンプレックスがあるし、その経験を活かそうとしている美穂を誇りに思う」と言ってくれたんです。それで「この人しかいない」と確信しましたね。

 

おつき合いをはじめて1年後の2017年9月にプロポーズされ、結婚することになりました。