「夫と一緒にいることが、私には精神安定剤」

── 大学病院では、どのような診断が下りたのでしょうか。
しほさん:二分脊椎ではないことは明らかになったのですが、病名はわかりませんでした。妊娠中は「産まれてみないとわからない」と言われたのですが、結局、産まれてもわからないんです。日本では症例がないので、先生方が海外の症例も調べてくださったのですけど、似たような症状は見つかっていません。
大学病院でわかったのは、目の間隔が離れていることと、下あごが小さいこと。そのせいで気道が狭まっている可能性があることでした。気道が狭いだけなら大学病院で気管切開ができるけれど、もしも気道そのものが形成されていない場合は、日本では限られた病院でしかできない大きな手術が必要になるということで。30週になったころにまた転院をしました。結局は、懸念していた大きな手術まではしなくて済んだのですが。
── 出産まで、どんな気持ちで過ごされていましたか。
しほさん:リラックスしていようと心がけていましたけど、感情の起伏はやっぱりあって。どんな症状かはわからないけれど、何かしらの異常を持って産まれてくることは確定しているので、それはやっぱりショックでした。
── リラックスするために心がけていたことはありますか。
しほさん:できるだけパパに話して、ため込まないようにしていました。「調べたら、こんなことが書かれていた」とか「私たちの生活がこうなる可能性があって」とか、私の話には「かもしれない」が多いんですけど、こまめにパパにアウトプットすると、「そうだとしたら、こうすればいいんじゃない?」と返してくれるから、精神が安定する。そのくり返しでした。
パパと一緒にいることは、私にとっては精神安定剤みたいなものですね。わからないことをひとりで抱えてしまうと、ますますわからなくなります。でも、同じようにわからない人がいてくれると、それだけで心強いんですよね。「わからない、が正解で合ってるよね?」と答え合わせができますし、新しい視点ももらえるし、パパがいてくれて救われました。
孝輔さん:僕は、先のことを考えるより、何か起きたらそのとき考えて対処すればいい。それでこれまでなんとかなってきた経験があるから大丈夫、というマインドです。
しほさん:パパと病院の帰りに夜道を歩きながら「どんな子が産まれてきても、家族として幸せを目指していくことに変わりはないから、大丈夫だよね」という話をしました。パパと同じ気持ちを持てたことで、不安を乗り越えられたと思います。