どんな手の込んだ嘘や詐欺にも引っかからないという自信。そこに絶対はありません。人間の欲望や裏切りを描いてきた漫画家の井出智香恵さんですら、国際ロマンス詐欺で7500万円を失ったのですから。(全3回中の1回)
SNSで交流したイケメン「憧れの人が画面越しに」
── 漫画家生活60年のキャリアを持つ井出智香恵さん。2018年から約3年半にわたって国際ロマンス詐欺にあい、約7500万円を失ったことを明かされています。そもそも出会いのきっかけから伺えますか?

井出さん:映画の『アベンジャーズ』シリーズでハルクを演じたハリウッドスター、マーク・ラファロの大ファンで、彼のツイッター(現・X)の投稿などによく「いいね」を押していたんです。すると、2018年2月、フェイスブックにマークをかたる人物から「君と話したい」とメッセージが届きました。まさかねと思いつつ、翻訳機能を使って連絡し、やりとりが始まりました。その後、数か月に渡ってチャットを重ねるうち、次第に彼との時間が癒やしになっていきました。ただ、あるときアメリカの知人にその内容を話したところ「偽者では?」と指摘され、いったん連絡を絶ちました。
ところが7月に入り、「疑うならビデオチャットで話さないか?」とマークを名乗る人物から提案してきました。つないでみるとモニター越しに、憧れのマークがいるじゃないですか。じつはこれ、「ディープフェイク」というAI技術を使った合成動画だったのです。後に被害届を出してからわかったことでしたが、デジタルにうとい私は、そんなものがあるなんて知らなくて。巧妙な手口の数々にすっかり騙されてしまったんです。
── 相手はどういった手口で、井出さんを騙していったのでしょうか?
井出さん:彼は、私が描いた漫画『源氏物語』を友人の俳優に勧められて読んだことがあると言うのです。実際に、私の漫画を手に取り、モニター越しに見せながら感想を伝えてくれました。漫画家にとって作品をほめられることほどうれしいことはありません。しかも、「自立した知的な女性」だと認めてくれてうれしかった。このビデオチャットで、私はすっかり信じ込んでしまいました。互いのプライベートを徐々に明かすようになり、公表していないけれど離婚調停中だという彼の悩みを聞いたり、私自身も別れた夫に暴力を振るわれた過去を話したりしました。
出会いから半年後、彼は裁判所から事実上離婚が認められたと言い、プロポーズをしてきました。しかし50代のハリウッドスターと70歳のおばあちゃんでは、どう考えても不釣り合いです。私が悩んでいると「年齢差なんて問題ない。ぼくが君を幸せにするから」と言ってくれたんです。その言葉に勇気をもらい、プロポーズを受けることを決意。モニター越しに結婚式を挙げ、互いに指先を傷つけて血を重ね合う「血の誓い」なるイタリア式の秘密儀式も行いました。

これまで散々苦労をしてきたけれど、ようやく私も幸せになれる。頑張って生きてきてよかった。そう思っていたんです。しかし、このころが幸せのピーク。その後は、地獄の日々が待っていました。