「地獄に落ちるわよ」など、強気な発言で注目を集めた占い師・細木数子さんから、後継者として指名された養女の細木かおりさん。幼少期は「姪と伯母」の関係で、実母よりも数子さんに懐いていたそうです。(全3回中の1回)
3歳まで伯母の数子と同居「ばあば」と呼び実母よりも慕っていた

── かおりさんが幼いころ、数子さんとはどのような関係だったのですか?
かおりさん:私が「細木数子の後継者になる」と決めたころ、母(数子)と養子縁組をして「親子関係」になりましたが、それまでは「伯母と姪」の関係でした。私が小さいころは、実母と一緒に、赤坂にある母のマンションに同居していた期間があったと聞いています。
── 数子さんとの同居の理由は?
かおりさん:実母の子育てを手伝うために、一緒に暮らすことを母に提案したんだと思います。実母は38歳のときに私を出産し、その翌年に妹を出産しました。実母は高齢での出産だったため、産後の大変さを見かねた母が、子育てを手伝ってくれていたそうです。
── その後もずっと、数子さんと暮らしていたのでしょうか。
かおりさん:当時の記憶はほとんど残っていないのですが、私が3歳になってからは、別々の家で暮らし始めたと聞いています。というのも、私が3歳になったころ母が「かおりを養女にほしい」と言い出して…。実母がその申し出を断り、母の自宅を離れることになりました。

── 数子さんは自分の子どもとして迎えたくなるほどに、かおりさんへの愛情が強くなっていたのですね。
かおりさん:そうですね。私も母に懐きすぎていたように思います。特に妹が生まれてからは、実母は妹にかかりきりで、母が私のお世話をしてくれていました。そのため、幼いころの私は、実母がいなくても泣かないけれど、母の姿が見えなくなると泣き出すような子だったそうです。
── かおりさんにとっては、数子さんが「第2の母」でもあったのですね。
かおりさん:母というよりは「おばあちゃん」という感じだったので、「ばあば」と呼んで慕っていました。そのころの母は40歳くらいで、わが子のように私に愛情を注いでくれました。