根津甚八が妻に伝えた最期の言葉
── 15年におよぶ闘病生活の末、甚八さんは2016年12月に亡くなられました。長い間、夫に寄り添って最期を看取られ、夫婦の絆はとても強いものだったと思います。最期にどのような言葉を交わされたのか、さしつかえなければ伺ってもよいでしょうか?
根津さん:これは誰にも話したことがなかったのですが…結婚してから甘い生活を送る時間もないまま、闘病生活に突入したため、彼は「私が後悔しているのではないか」と気にしていました。闘病中によく言っていたのが、「『こんなはずじゃなかった』って思っているんじゃないか?」という言葉です。申し訳なさと感謝が入り混じったような表情が印象に残っています。思わずせつなくなって「そんなこと思ってないよ…」と伝えましたね。
でも、亡くなる1、2週間前ほど、「世話をしてもらってうれしい。女房だから」と言うんです。結婚生活の中で、彼から「女房」という言葉を聞いたのはそのときが初めて。不器用で自分の気持ちを伝えるのが苦手な人だったので、言葉の真意はよくわからないのですが、「女房」の言葉に、彼なりの深い愛情を感じました。涙をこらえて「そうだね」と言うのが精一杯でしたね。
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仁香さんは家計を支えるために仕事をしながら、車椅子生活を余儀なくされた夫の根津甚八さんの介護や息子の子育てに奔走します。そんな長男もいまや救命救急の医師の道へ。いまはまだ振り返る余裕はないものの、いずれ甚八さんについてふたりで話したいと言います。
PROFILE 根津仁香さん
ねづ・じんか。ファッションジュエリープロデューサー。スキンケアアドバイザー。日本プロポーション協会理事日本ケアビューティー協会理事。武蔵野美術大学で空間演出デザインを学んだ後、海外アパレルブランドに就職。2010年、パーソナルセレクトブランド 「Jinka Nezu」を立ち上げ、ブランドプロデューサーとして活動を開始。著者に『根津甚八』(講談社)。
取材・文/西尾英子 写真提供/根津仁香