湘南ベルマーレで活躍した島村毅さんの長男・夏斗くん(8歳)は、アンジェルマン症候群という難病を持っています。島村さんのSNSでは、夏斗くんが5歳で歩けるようになった動画やほほえましいご兄妹の様子が投稿されています。発信を続ける理由には、周囲からの質問や視線に対する思いもあるようです。(全3回中の3回)

SNSでもフットサル引退時のリリースでも発信

── SNSでは、夏斗くんについても書かれています。きっかけを教えてください。

 

島村さん:もともとはわが家の長男でもある愛犬・ガブリエルがかわいすぎて、日々起きるハプニングを見てほしいなと思ったことが、SNSを始めたきっかけです。その後、子どもたちが産まれてからは「ちょっと聞いてよ~」とか「うちの子がさあ…」という親バカな内容を書くようになり、今では息子の障がいを知ってもらえるツールにもなっています。

 

ぼくたち夫婦はいろいろなことを乗り越えて前向きに過ごしているのですが、やはりどうしても周りの方々に気を使わせてしまう場面があるんですよね。たとえば、息子について聞かれたときに障がいについて伝えると「なんかごめんなさい」とか「話したくないことを話させてしまった」という雰囲気になったり、ときにはつらい質問を受けたり。SNSで事前に夏斗について知っておいてもらえることで気を使わせる場面を減らせるかなという思いと、ぼくたちが生きやすくもなるなという思いがあって、発信を続けています。

 

引退セレモニーでファン・サポーターに手を振る島村さんと夏斗くん

──つらいなと感じたのは、どのような質問ですか?

 

島村さん:「息子さんにサッカーをやらせているんですか?」という質問は100パーセントいただくのですが、初めのころはちょっとつらかったですね。「病気なので、サッカーはできないんです」と返答すると「あ、ヤベ!」みたいな空気になって、相手にも気を使わせてしまいますし。あとは「治るの?」や「いつかは話せるようになるの?」などと聞かれたときも、そうはならないので返答がどうしても難しかったです。でも、基本的には嫌な質問をしてくる人はいなくて、病気を知ったうえで気を使って質問してくれることも、無邪気に質問してくれることも、ありがたいと思っています。

 

何より、ぼくたち夫婦は友人に恵まれていて。普段は夏斗が動き回って何を壊してしまうかわからないので、外食もできないしお友だちの家にお邪魔することもできないんです。それでも、ぼくや妻の友人が「うちに来て大丈夫だよ」と言ってくれたり「気を使うんだったら家に行ってもいい?」と聞いてくれたりして、素敵な言葉でぼくたちに踏み込んできてくれるんです。旅行も、夏斗を長時間飛行機に乗せるのは無理だろうと半ばあきらめていたのですが、友人が「ナツと一緒に行きたいよ。手伝うから一緒に行こう」と声をかけてくれて、行くことができました。

 

数年前は、ぼくがキャンプに憧れすぎていて。でも、夏斗を連れて行くと火に飛び込んで燃えてしまう可能性があるんですよね(笑)。そんなときも、友人が「じゃあデイキャンプしよう!」と誘ってくれて。「今、ナツを見てるからいいよ」と言ってくれて、普通にお酒を飲んで、普通に肉を焼いて、普通に食べることができて。いつもはぼくか妻が必ず子どもたちを見ていなければいけないので、そんなふうに助けてもらえることが本当にうれしくて、涙が出るほど幸せでした。

 

── 島村さんは、夏斗くんが5歳のころにフットサル選手として再びアスリート生活をスタート。引退時にも「わが家には重い障がいを持つ長男がいます。アンジェルマン症候群という持病を持っています。興味がある方はググってください」というリリースを出されていました。

 

島村さん:そうですね。サッカー選手のころから、入団時や退団時に出すクラブからのリリースは、自分のキャラクターを皆さんにわかってもらったり、応援してくれた方々に感謝の気持ちを伝えたりと、多くの人に注目してもらえるチャンスだと認識していました。

 

現役を引退して3年弱が経ったころ、湘南ベルマーレフットサルクラブからオファーをいただいたんです。自分に期待していただけたことがうれしくて、絶対に結果を出すぞ!という自信のもとで挑戦したものの、腰のヘルニアを抱えていたので、リハビリからのスタートで。午前はフットサルの練習、午後は1分も無駄にできないようなスケジュールで午前中にできなかった営業活動、夜はスクールコーチの仕事や残業、お酒を飲まないようにしながらの会食参加と、人生でいちばん充実していた反面、めちゃくちゃキツい半年間でした。

 

その間、子どもたちの育児をしながら夏斗の睡眠障がいに向き合ってくれて、ぼくの食事に気を使ってくれたり選手としてのコンディションを最優先にしてくれたりしていたのは妻だったので、引退のときは、妻の頑張りと息子の障がいについて、皆さんに伝えたいという思いがありました。

 

もちろん、フットサルの普及に貢献したい思いや成功したかったという思いも強かったのですが、オファーをいただいたときから、引退するときが来たら息子のこと、そしていつも向き合ってくれている妻のことを発信したいと考えていたのは事実です。