少子化や学校数の減少により、黒板業界の業績は右肩下がり。そんな状況のなか、100年続く老舗黒板メーカー「サカワ」の4代目として、32歳の若さで就任した坂和寿忠さんは革新的な挑戦を始めます。最新の黒板は、ここまで進化を遂げています。(全2回中の1回)

アプリと連動した電子黒板で注目を浴びる

── 創業1919年の老舗黒板メーカー「サカワ」の4代目社長・坂和寿忠さん。2015年にハイブリッド黒板アプリ「Kocri(コクリ)」を開発し、一躍注目を集めました。黒板の老舗がアプリ開発に乗り出したきっかけはなんだったのでしょう。

 

手書きとデジタル投影が融合した最新の黒板
「想像を超えた」手書きとデジタル投影が融合した最新の黒板

坂和さん:僕がサカワに入社したころに、デジタル資料を黒板に投影する電子黒板の販売をちょうど始めることになりました。でも、当時扱っていた電子黒板は多機能すぎて、覚えるのに時間がかかり、ITの知識も必要でした。多忙な先生にとって、使いこなすまで時間がかかり、結局、使われなくなり、埃をかぶるような状態だったんです。じゃぁ、先生たちがもっと使えるものを作ろう、と考えたのがそもそものはじまりでした。

 

ヒントになったのは東京駅のプロジェクションマッピング。2012年で、東京駅でプロジェクションマッピングが始まった年でもありました。丸の内駅舎の保存と復原の完了を記念して始まったショーです。東京の駅舎は100年の歴史があって、うちも創業100年ということで、シンパシーを感じて。100年の歴史を持つ古い駅舎が最新の映像と融合して生まれ変わっているのを見て、昔ながらの黒板にアプリで新しい映像を融合させたらどうだろうと考えました。アプリなら手軽で、デジタルが苦手な先生方にも使いやすいですよね。そこから生まれたのが「Kocri」。スマホでダウンロードして使います。

 

──「Kocri」にはどんな機能が搭載されているのですか?

 

坂和さん:「Kocri」は起動したスマホとプロジェクターをつなぐことで、アプリ上の素材を黒板に投影することができるアプリです。プロジェクターにつなぐと文字や絵などコンテンツが画面上に現れ、黒板に投影されていきます。アプリの中に図形や絵など、さまざまな素材が入っているので、先生がいちいち黒板に書かなくてもいいのが特徴です。

 

たとえば、日本地図などを先生が授業中に手書きするとすごく時間がかかります。でも、アプリで素材を選択して投影すれば先生の手間と時間が省ける。もちろん黒板自体も使えるので、投影した地図にチョークで書き込むこともできる。アナログとデジタルの組み合わせで、黒板で板書するところを残しつつ、アプリで補完するという考え方です。

開発費2000万円を投じた背景は業界への不安

── 画期的なアイデアですね!とはいえ、アプリの開発は大変だったのでは?

 

坂和さん:ものすごく大変でした。そもそもうちは黒板屋で、アプリなんて作ったことはありません。当時はプロジェクションマッピングという言葉も知らなかったし、頭の中に構想はあったものの、うまく言語化できずにいました。どう作るのかも、誰に頼めばいいのかもわからない。いろいろ探していたら、あるIT企業が「おもしろいね!一緒に開発しよう」と言ってくれて。ただアプリ開発にはお金がかかり、2000万円必要だということに。

 

創業当時のサカワ
創業当時の店の様子

当時、サカワは3、4億円程度の売上げで、アプリなんて未知のものに2000万円もの開発費を捻出することはとてもできませんでした。自分でどうにか資金を確保するしかない。そこで「営業として達成すべきノルマに加え、アプリ開発費を捻出できるだけの売上を達成するので、開発を進めさせてほしい」と、当時サカワの役員だった父と母にプレゼンしました。「そこまで言うならやってみたら」と了承を得られたので、開発に着手しました。

 

ただ、着手したのはいいけれど、それはそれで大変。機能はもちろん、デザインから何から僕がすべて決定していく必要がある。アプリ制作者から「これでいいですか?」とひとつずつ聞かれるのだけれど、僕には正解がわからない。当時26歳でしたけど、プレッシャーで胃を壊しました(笑)。開発に1年半くらいかけ、2015年にリリースしました。世に出すまで本当にドキドキでした。

 

── そこまで坂和さんを突き動かした動機とはなんだったのでしょうか?

 

坂和さん:少子化により黒板の需要がどんどん減っていて、業界は生き残りをかけた低価格競争を繰り広げていました。その状況に、昔ながらの黒板屋として、このまま黒板を安く売り続けてもダメだ、何か変えなきゃという焦りがあったんです。「Kocri」なら、黒板自体も使用するので、会社の歴史を汚すことなく、黒板の価値があげられるのではないかと考えたんです。本当に必死でした。これで会社が変われば、という想いがありました。

 

アプリ「Kocri」の使用例
アプリ「Kocri」の使用例。投影したコンテンツの上にチョークで書き込むこともできる

── 反響はいかがでしたか?

 

坂和さん:展示会に出展したら、webのニュースが取り上げてくれて、ホームページがパンクしました(笑)。「これはすごいことになったな」と思いましたね。先生方には「こういうものが欲しかった」と言っていただきました。先生が実際に使えるものを作ろうというコンセプトだったので、本当に作ってよかったなと改めて感じました。

 

これを機に、社内の空気も変わりました。それまでは言われたことをやっているようなところがあったけど、「自分たちの手で新しいものを作っていこう」という機運に変わっていくきっかけになったと思います。