現在、3児のパパとしてメディアでも子育ての話をする機会が増えたお笑い芸人・麒麟の田村裕さん。しかし、子育てを始めた当初は包丁も持てないほど、何もできていなかったと語ります。(全4回中の4回)
「奥さん、毎日こんなに大変だったんだ」
── 現在は、拠点を大阪に移して活動されているそうですね。
田村さん:はい。コロナ禍までは、奥さんと子どもは大阪に住んでいましたが、ぼくは東京の拠点に単身赴任していました。週に2、3回、大阪に帰るという生活です。でも、コロナ禍で東京での仕事が全部なくなったので、大阪に戻ってきたという経緯ですね。
── 家族と一緒に暮らすようになって、変わったことはありますか?
田村さん:それまでは、自分が働いて奥さんが育児や家事をしてという感じでした。ぼくは家にいるときだけ、できることをやろうと。でも、仕事がなくなって、ほぼ家にいるようになったら、たまに家で育児や家事をするのと、毎日それをやるのは全然違うことを知りました。以前は、奥さんが子どもたちを怒っていると「そんなに怒らんでもええやん」と思っていたのに、今では自分のほうが怒っていたりして。「奥さん、毎日こんなに大変だったんだ」と気づくことが増えました。
── ほかに気づかれたことはありますか?
田村さん:家にいる時間が増えて、気づいたことは本当にたくさんあります。いちばんショックだったのが、子育ての番組に出演したときのことです。夫婦間のNG行動がテーマで、「こんなこと、パートナーにしてませんか?」というチェック項目があったんです。そのチェック項目に、ぼくは全部あてはまっていたんです。奥さんに言っていたことや思ってたことが、全部NGだった。あれにはびっくりしました。
── どんなNG行動をしていたのでしょうか。
田村さん:たとえば、子どもの習い事の送り迎えです。送り迎えって、ただ行くだけだからたいしたことないと思っていたんです。でも、送り迎えはそれだけじゃなくて、食事を作ったり掃除をしたりするなかで、時間の合間をぬってしなきゃいけないんですよね。子どもが行きたくないと言うこともあるし、体調が悪いときもあります。それがどんなに大変か、まったくわかっていませんでした。送り迎えだけじゃなくて、「たいしたことない」と奥さんに任せっぱなしにしていたことが、実はものすごく大変だったと気づいたんです。
── 自分で気づかれるのがすごいですね。
田村さん:奥さんにやってもらっているのに「もっとこうしてほしい」とすら思っていました。本人に直接言ったことはなかったんですけど、そう思ってるそのスタンスが、奥さんにとってストレスだったんじゃないかと気づきました。これはヤバい。育児・家事に対する考えを改めないと、と焦りました。
── 危機感を感じられたんですね。
田村さん:ぼくができていないことがあまりにも多かったんです。それまでは怖くて包丁を握れませんでした。奥さんにはそのことは伝えていて、料理はいっさいしませんでした。でも、家にいる時間が増えて家の中を見ていたら、どう考えても今、自分が料理をしたほうが家がうまく回るというシーンがたくさん出てきたんです。最初は野菜をちょっと切って炒めたインスタントラーメンを作りました。そしたら、包丁が意外と使えて。
── 挑戦するのは素晴らしいですね。
田村さん:最初は本当に簡単なメニューでしたけど、次はもうちょっと難しい料理を作ってみようと、少しずつ挑戦していきました。そうしていくうちに、レパートリーが増えて、今では子どもたちにも料理をパッと出して、おいしいと言ってもらえるようになりました。
── 鯛飯やアヒージョも作られていましたね。
田村さん:奥さんが喜んでくれたのは大きかったですね。今までは、自分が料理をしないとご飯が出てこなかった。だから、人に作ってもらった料理が本当にありがたいと言って奥さんが喜んでくれました。仮に味が濃くても、失敗しても、人が作ってくれたらおいしいと言っているのを聞いて、自分にもっとできることをしないとと思いました。