苦手な地方営業も「これこそ私がやりたいことだ」

── 本格的な歌手活動をなさっていても、まだまだアルバイト生活だったんですね。
井上さん:そのころ、事務所からはお給料があまり出なくなっていたので、まだアルバイトをしていました。「せっかくいい曲たくさん持っているのに何で売れないんだろうね」と言われるくらい(笑)。あるプロデューサーさんが「せっかくならなんでもいいからイベントやコンサートしようよ」って言ってくださって「やります!」と。
それまでは歌手というとテレビやラジオに出るのが仕事だと思っていたんです。でも私が知らないだけで、実はほとんどの人がイベントで歌ったりする地方営業をしていたわけです。ファミリー向けのイベントが当時たくさんあって「そういうのにぴったりじゃない?」と、歌う場所を見つけてからは歌手専業になりました。
── まさに現在の井上さんのイメージですが、そのような経緯があったのですね。
井上さん:最初は子どもたちに大きな声で「こんにちはー!」というのもできなかったんですよ。これまでの仕事では司会の方に「井上あずみさんでーす」と、紹介される立場だったので、最初は正直、戸惑いがありました。子どもたちは正直で自由気ままですから、退屈させてしまうと「帰りたい」となっちゃう。それはそうですよね。私も未熟で、子どもたちと一緒に楽しもうという姿勢が当時は全然たりなかった。そういう現場を経て勉強し、成長させてもらいました。
自分が思い描くアイドルの仕事は岩崎宏美さんみたいな歌手であり、テレビやラジオだけの世界だと思い込んでいたんですよね。視野が狭いというか無知だったというか…。ようやく本当の意味で歌手という仕事をさせてもらい、今、子どもたちが一緒に歌ってくれる姿を見ながら「これこそ私がやりたいことだ」と思うようになりました。子どもたちの歌声に私が支えられていることに気づかされましたね。
PROFILE 井上あずみさん
いのうえ・あずみ。歌手。石川県金沢市出身。83年にデビュー。86年、スタシオジブリ・宮﨑駿監督作品『天空の城ラピュタ』ED挿入歌『君をのせて』に抜擢。続く『となりのトトロ』では『さんぽ』『となりのトトロ』『おかあさん」『まいご』など、主題歌・イメージソングを数多く歌う。2023年、歌手デビュー40周年コンサート当日に脳出血で倒れ闘病。リハビリを続けながら2024年11月にステージに復帰した。娘は歌手の今尾侑夕。
取材・文/加藤文惠 写真提供/井上あずみ