不安の種は取り除いて前へ

愛華みれ
不安に押し潰れそうな闘病の日々…

── 舞台復帰に向けてどのように準備されていったのでしょうか。

 

愛華さん:抗がん剤治療で免疫力が下がっていたため、稽古場には行けなかったんです。その代わり、自宅で横になりながらDVDを見て振りを覚えたり、セリフの位置を確認したり。実際の稽古は、衣装合わせと歌合わせ、そして2回の芝居合わせだけでした。

 

舞台が始まると、毎朝6時に病院へ向かい、9時に放射線治療を受けて、そこから新宿まで車で移動。四谷を過ぎたころに起こしてもらってメイクをして、かつらをかぶって。当時の新宿コマ劇場は閉館が決まっているほど古く、免疫力の弱った体には厳しい環境でした。でも、それも覚悟のうえで。放射線治療の影響で咳が止まらなくても、不思議なことに舞台に立つと咳が止まるんです。モーニング娘。さんが演じるシンデレラの継母役として私が登場するたびに、ファンの方々がまるでドリフの「志村、右右!後ろ後ろ!」のような掛け声で会場が沸き立って(笑)。その溢れんばかりの舞台のエネルギーに私も元気をもらいました。

 

そして、私が舞台から戻ってくると大道具さんたちが涙を流してくれて。直前まで咳き込んでいる私を知っているから「どれだけ舞台が好きなんだよ」って。私も「本当だね」と言いながら笑い合ったりしていました。すべての公演をやりきりましたが、その後10日間ほど喘息で入院することになるんですがね。

 

── そのときはどのようなお気持ちでしたか。

 

愛華さん:がんから復帰できたという気持ちと、ここまでかなという気持ちと。けれど、入院中にも次の台本が届いたんです。井上ひさしさんの『きらめく星座』という、命の奇跡を描いた作品でした。私自身が未熟児で生まれた経験とも重なって。当時のマネージャーさんに「私、できますかね」と相談したら、「愛華さんじゃなきゃやらないって言ってくれたよ」って。その言葉が、また前に進む力になりました。

 

── その後、病気とはどのように向き合われてきたのでしょうか。

 

愛華さん:血液のがんは5年という長い経過観察期間があって、寛解と言われても再発の可能性と向き合っていかなければなりません。でも、私の場合はもう12年が経ちました。今は「がんは乗り越えた」といえる状況まで来られたと思っています。

 

治療中は不思議なもので、痛みや苦しみはあっても「今は治すために頑張っているんだ」という気持ちで前に進めるんです。でも、治療が終わると「また再発したら…」という別の不安が押し寄せてくる。そういう苦しさの中にいる方もたくさんいらっしゃると思うんです。

 

でも、その不安を持ち続けていては、それこそ心も体も蝕まれてしまうかもしれない。だから私は意識的に「違う、違う。私は治ったんだ」「これまで自分はたくさんの奇跡を起こしてきたんじゃないか」と自分に言い聞かせるんです。不安の種があれば取り除いて前に進んでいこうと、そんな気持ちで今を生きていますね。

 

PROFILE 愛華みれさん

あいか・みれ。女優。1964年11月29日生まれ、鹿児島県出身。元宝塚歌劇団花組の男役トップスター。ホリプロ・ブッキング・エージェンシー所属。ミュージカルはもちろん、MCや声優にもチャレンジするなど多角的に活動を続けている。

写真提供/愛華みれ