分厚いパンフレットを見て「この事務所に応募しよう」と決めた
── お笑い養成所はいろいろありますが、なぜそちらに決めたのですか?
石井さん:お笑い養成所に通うことを検討しはじめたのが5月くらい。最初に、よしもとのNSCに電話したのですが、すでに4月にスタートしていて、来年まで申し込みを待たなければなりませんでした。人力舎やサンミュージックも同じでした。
私のなかで「芸人になる」というのは嘘みたいな決断だったので、気持ちの勢いがあるうちに決めてしまいたかったんです。調べてみると、ワタナベエンターテインメントと松竹芸能には秋入学があると知って、パンフレットを取り寄せることに。そうしたら、ワタナベエンターテインメントのほうがぶ厚くて豪華なパンフレットだったので、「よし、こっちだな」と。
── 意外とシンプルな理由なのですね。マッキンゼーでのロジカルさは、いったいどこへ(笑)。
石井さん:芸能界はすごく怖いところというイメージがあったので、とにかく信頼できる会社がいいなと。パンフレットの分厚さからして、ちゃんとしている会社に違いないと思ったんです(笑)。あと、私はピン芸人になりたかったのですが、ワタナベエンターテインメントには、青木さやかさんやイモトアヤコさん、にしおかすみこさんといったすでに活躍されている方がいらしたのも、決め手になりましたね。マッキンゼーを退職するときには、養成所の合格証を添付して、全社員に一斉メールしました。
── なぜいきなりそんな大胆なことを(笑)。
石井さん:芸人になると決めたものの、じつは小心者なので「会社の恥だから、マッキンゼー出身だと名乗ってくれるな!」と言われたらどうしようと。なんなら、闇の勢力に消されるんじゃないか、くらいに思いこんで。もちろんそんなものはないですよ(笑)。「すべての縁を絶って静かに消えるので、私のことはどうか忘れてください、さよなら」という別れの手紙のつもりでした。
── そうなのですね。てっきり「やめてやる!」というファイティングポーズなのかと。
石井さん:いえいえ、そんなつもりはまったくなかったです。でも、たしかにちょっとやることが極端すぎましたね。もっと真面目な挨拶文を送るつもりだったのですが、「居場所はここだけじゃない」とアドバイスをくれた先輩にお笑い芸人に転身することを告げると、「芸人になろうという人が、これじゃつまらないでしょう」と言われて。同期の友だちが養成所の合格書を見て「これ添付すればいいじゃん!」と言い出し、そこから悪ノリが始まりました(笑)。仕事でいっぱいいっぱいのときには気づけませんでしたが、マッキンゼーはノリがよくておもしろい人が多かったです。
PROFILE 石井てる美さん
いしい・てるみ。1983年、東京都生まれ。東京大学工学部から大学院へ進み、卒業後は、大手外資系コンサルティング会社「マッキンゼー・アンド・カンパニー」に入社。お笑い芸人を志し、2009年に退社。現在は、ワタナベエンターテインメント所属のお笑い芸人として活動中。
取材・文/西尾英子 写真提供/石井てる美