「母さんには絶対迷惑かけんなよ」
── 思春期に入り、6歳年上のお兄さんとの関係はいかがでしたか?
太田さん:年齢差があったのでケンカにならなかったですね。ぼくよりも体格がよかったのでケンカになってもかなわないことはわかっていたので。ただ、ぼくが何か悪いことをしたときはめちゃくちゃ怒られましたし、思いっきり殴られたこともありました。そういうときは自分が悪いことは理解していたので、何も言い返せなかったですね。まさに父親代わりでした。家庭環境が激変してからは、兄は大学に通いながら、それ以外の時間はほとんどバイトの日々だったので会う機会は少なかったけれど、「母さんには絶対迷惑かけんなよ」とか「お母さんが落ち込むようなこと絶対するなよ」ということは釘を刺されてましたね。
── だからこそお兄さんやお母さんとの絆も強いんですね。
太田さん:今でも家族と頻繁に会っていろいろと昔話をしたりします。夢や目標に向かう自分を、いつも全力で応援してくれた母や兄がいたからこそ、ぼくは夢を掴むことができました。離婚後、家族のために身を粉にして働いてきた姿を見てきたからこそ、本当に母の存在は偉大で。ぼくも兄も、母親を楽にさせたいっていう思いで死ぬ物狂いでやってきて。「いつか一緒に仕事をしたいね」と未来を描きながら、自分たちの力でそこにたどり着くことができました。その過程で、絆もより強くなったと思います。親孝行は母が死ぬまでしたいと思っています。人生いろいろありましたけど、ひとつのきっかけがあってこうして頑張ってこられたってことは、今となってはぼくたちの大きな自信にもなっています。
引退後の兄弟の夢は「兄弟で新規事業を」
── サッカー選手を引退された現在、これから何か計画していることはありますか?
太田さん:現役アスリートやアスリートを目指してる体育会学生、子どものサッカー指導や将来教育に熱心な親御さん向けのキャリア支援サービスを始める準備をしています。アスリートが引退後も不安なくセカンドキャリアにスムーズに移行ができるようなサポートをしていきたい。年内には発表できると思います。
── 現役最後のシーンでは「年々家族の絆は強くなる。兄貴から愛情は伝わりまくっているので、今度はオレが兄貴への愛を伝えていきたい。2人で大きなことを成し遂げたい。それが次の夢です」とも語っていました。お兄さんとは将来的についてどんなお話をされているんですか。
太田さん:兄とは近い将来、一緒に仕事をしよう、とよく話をしています。セカンドキャリアでは兄弟で事業も成功させて、家族やこれまでお世話になった方々への感謝の思いを形にし続けられるよう、なにより、さらなる母孝行ができるよう、頑張っていきたいですね。
PROFILE 太田宏介さん
おおた・こうすけ。1987年7月23日神奈川県生まれ。東京都町田市育ち。2006年にJリーグ・横浜FCへ加入し、清水エスパルス、FC東京でプレー。2015年12月にフィテッセ(オランダ)へ移籍。その後、FC東京に復帰し、名古屋グランパス、パース・グローリーFC(オーストラリア)でプレーし、22年7月にFC町田ゼルビアに加入。昨シーズン限りで現役を引退した
取材・文/石井宏美 写真提供/太田宏介、FCMZ