「TOUROU」商品は作品。職人さんを守るためにも完全受注生産に
── 佐藤さんと組むことになって、そこからはどう進みましたか?
小川さん:佐藤さんにご協力いただくことになってからブランドを立ち上げるまでは、2年ほどかかりました。制作以外は全部私ひとりで進めるため、調べたり、教えてもらったり、試行錯誤しながらでした。ブランドに関係する費用はすべて自費で貯金を注ぎ込んだため、本業もおろそかにはできません。子どもがまだ目が離せない年齢だったので、子連れで佐藤さんの工房に打ち合わせをしに行ったこともありました。
「TOUROU」のアクセサリーデザイン案は私が出していますが、実用面や強度に関わる部分は佐藤さんと相談しながら進めています。デザインのアドバイスもしてくれますし、佐藤さんがかなり寄り添ってくださるので、二人で作り上げていく感覚です。手作業で丁寧に作り上げる伝統工芸品のため、サンプルができるまでに2〜3か月ほどかかります。サンプルができても修正を重ねるので、販売までに時間が必要です。マイペースに進めざるを得ませんでしたね。
── 小川さんが長年携わるファッション業界は、基本的に春夏と秋冬で年に2回は新作のコレクションを発表するのが通例です。時間をかけることに抵抗はありませんでしたか?
小川さん:バングラディシュのラナ・プラザ崩落事故を取り上げた映画『ザ・トゥルー・コスト』で知られるようになったとおり、そのサイクルは工場の人達の過酷な労働環境や大量廃棄を生み出す一因になっています。消費されるだけのブランドにはしたくなかったので、商品ではなく作品を作りたいと強く思いました。伝統工芸は驚くほど丁寧にものを作り上げていく世界なので、そういった面でも秋田銀線細工に惹かれました。
── だから「TOUROU」は完全受注生産なんですね。
小川さん:ものづくりを始めるからには、大量生産・大量廃棄はしたくなかったので。一つひとつ手作業のため、大量に作れないこともありますが、職人さんの労働環境にも配慮したブランドにしたかったんです。サンプル制作でもしっかりお支払いをしたいし、10個頼んだら1個安くしてみたいなことも、安価で適当なものを大量に作ってもらうような職人さんに失礼なお願いは絶対したくなかった。職人さんとはWin-Winな関係でいたいですし、「TOUROU」の商品は佐藤さんの作品。一生大事にしてほしいという思いも込めて、完全受注生産にしたのは自然な流れでした。
── 業界のサイクルに乗らないのは、販売するうえで弱点にはなりませんか?
小川さん:百貨店の催事に参加した際、商品に興味を持ってくださったお客様がいました。注文からお届けまで2〜3か月ほどかかるので、その場でお渡しができずキャンセルされるかなと思いましたが、注文してくださいました。最近は受注生産のブランドが増えていますし、ものを大切にする方向に時代が変わってきていることも大きいでしょうね。
── お客様のマインドも変わってきていて、完全受注生産も受け入れてもらえているんですね。
小川さん:ひとつずつ手作業で作る完全受注生産だからこそ、お客様のオーダにも寄り添えます。例えばピアスをイヤリングに変更する、ネックレスの長さを少し変えるといったカスタマイズにも対応できます。
「TOUROU」を通じて、全国の人に秋田のことを知ってもらいたい
── 小川さんにとって、秋田銀線細工の魅力は?
小川さん:熟練した職人技によって作り出される、緻密で繊細で美しい銀線の模様です。レースのようで本当に美しいんです。そして経年変化が楽しめるところ。新品の頃は白銀で光り輝いていて平面的に見えるのに、経年変化で変色していくと立体感が生まれます。味が出てアンティークっぽくなるので、味が出た方が好きとおっしゃるお客様もいらっしゃいます。
── 最後に今後の目標を教えてください。
小川さん:「TOUROU」をきっかけに、秋田のことを全国の人に知ってもらいたいです。次のコレクションのデザインは、秋田の山である鳥海山をモチーフにしていますし、秋田の川連漆器と秋田銀線細工を組み合わせた指輪やネックレスも用意しています。秋田銀線細工を軸にしつつ、知られてない素晴らしい伝統工芸品って全国にたくさんあると思うので、いずれ別の伝統工芸品も手掛けるのが当面の目標です。
PROFILE 小川晴香さん
1984年生まれ。秋田県出身。大学卒業後、航空会社勤務を経て、ファッション業界へ。国内外のファッションブランドのPRを多数手掛け、フリーランスのPRへ転身。2022年より秋田銀線細工のブランド「TOUROU」の代表兼デザイナーも務めている。
取材・文/津島千佳 写真提供/小川晴香