本業はファッションブランドのPRでありながら、地元・秋田の伝統工芸品である秋田銀線細工のブランド「TOUROU」を2022年に立ち上げた小川晴香さん。地元を離れた小川さんは秋田銀線細工に、なぜ深く関わろうと思ったのか。ブランド誕生までの経緯や作品に込められた思いなどをうかがいました。

存続の危機に瀕している秋田銀線細工を残したい

小川晴香さんが代表を務める「TOUROU」のアクセサリー

── ファッションブランドのPRをされている小川さんが、どうして秋田銀線細工のブランドを立ち上げることになったのでしょうか?

 

小川さん:30代後半頃から、生まれ育った秋田の役に立つ仕事がしたいな、と考えていました。地元が大好きなこともありますが、人口減少が進んでいる現実があり、秋田をPRして地元に貢献をしたいと。でも私の主戦場はファッション。接点がなく行動を起こせずにいました。そんなとき、秋田銀線細工の職人さんがすごく減っている、存続の危機という記事を読んだのが大きなきっかけです。こんな繊細で美しい技術を絶やしていけない、と直感的に感じました。

 

── 秋田銀線細工について教えてください。

 

小川さん:0.5mm未満の純銀線2本をより合わせた銀線を使って形にしていく、繊細な伝統工芸品です。秋田銀線細工は江戸時代に始まり、刀の装飾や嫁入り道具のかんざしなどの装飾に使われ、今はアクセサリーにされることがもっぱらです。

 

秋田銀線細工に使われる、より合わせた銀線

── 地元ではどのような位置づけの伝統工芸品ですか?

 

小川さん:祖母や両親世代が持っていることが多く、物心つく前から身近にありました。ただ、40代の自分は実際には買ったことがなく、工芸品店や土産もの店で売られている地元の工芸品という認識でした。40歳の私より下の世代では知らない割合が増えているように感じます。

 

緻密な仕事ぶりが伝わってくる「TOUROU」のリング「sense – ring」

── 地元の工芸品としてしか捉えていなかった小川さんが、なぜブランドを立ち上げようと思われたのですか?

 

小川さん:最初はPRとして関われないかと考えていました。ただ秋田銀線細工の広報は、行政がしているでしょう。同じことをしても仕方がないので、それ以外で携わる方法を模索しました。現在、秋田銀線細工はアクセサリーにされることが多く、ファッションにも近い。ファッションとして伝統工芸品を広めていくアイデアを思いつきます。ですが、その頃は秋田銀線細工の商品を販売するオンラインストアがあまり見当たりませんでした。全国に向けて宣伝しても買える場所がなかったら意味がありません。

 

PRの前に、日常的に身につけたくなるファッション性のあるアクセサリーを作り、オンラインストアで販売する方が地域貢献としても意義があるはず。そこでブランドの立ち上げを閃きました。

伝手がゼロの状態から職人一人ひとりにアプローチ

── ブランドの立ち上げにあたって、まずされたことは?

 

小川さん:一緒に制作をしてくれる職人さんを見つけることから始めました。伝手がないうえ、職人さんみずからが情報発信もあまりされておらず、観光協会のサイトに掲載されていた業者一覧から連絡先を見つけては電話やメールをしました。私は秋田で生まれ育ったものの、今はファッションのフリーランスPRという肩書。相手からしたら素性のよくわからない人間でしょうし、こちらの意図もうまく伝えられなくて難航しました。

 

そんなとき、制作をお願いすることになる房工房の佐藤さんを偶然インスタグラムで知ります。佐藤さんの作品は緻密でアート作品のよう。すごく素敵なんです。DMを送ったら、すぐにお話できて「おもしろそうだから一緒にやりましょう」と一緒に制作をしてもらえることになりました。

 

「TOUROU」の作品を制作する佐藤さん。気の遠くなるような細かな作業です