排水口をなめながら土下座「惨めな気持ちは忘れない」
── 当時は八方ふさがりだったと思います。転機はありましたか?
城咲さん:坂上忍さんの舞台に出演させてもらったことです。稽古中、ダメ出しの連続でした。僕がセリフを言うたびに坂上さんには「そのセリフの言い方、全然違う」と全否定されました。でも、自分なりに努力していたから、どうしてそんなに怒られるのか、わかりませんでした。
坂上さんはフォローをきちんとしてくれる人だから、僕とふたりになったとき「俺、この稽古でお前にめちゃくちゃ怒ると思う。でも、絶対成長させるから信じてついて来い」と言ってくれたんです。その言葉が支えになったのですが、想像以上のダメ出しなんですよ。やることなすこと全部「それは違う」と否定されて、もう訳がわからなくなるほどでした。
── それはつらいですね。
城咲さん:その舞台で僕は、すべてを失う悲惨な男の役でした。劇中に自分をだました相手に土下座するシーンがあったんです。その土下座シーンの稽古中も、坂上さんに「そんなにかっこつけた土下座があるか?お前はすべてを失っているんだよ。もっとみじめなくらい必死に、相手の靴をなめるくらいの気持ちでやれ」と、全出演者がいる前で、もう震え上がるほど怒鳴られたんです。本当にくやしくて、みじめで…。でも、そこで気づいた部分がありました。「あ、俺はまだどこかで『ナンバーワンホスト・城崎仁』のプライドを捨てきれていないし、カッコつけてるな」と。
でも、それに気づいたからといって、どんな芝居をしたらいいかわからないんです。帰宅後、すぐに体感できる、一番屈辱的な状況はなんだろうと必死で考えました。それでシャワールームで冷水を浴びながら、芝居の相手が目の前にいると思って、排水口をなめながら土下座をして「このみじめな気持ちを忘れるな」と、自分に言い聞かせました。
翌日、稽古に行って土下座のシーンを演じたところ、坂上さんに「それだよ!すごくいい!今日のそれ、忘れるなよ」とめちゃくちゃほめられたんです。あのときは本当に嬉しかったです。振り返ってみると坂上さんは、本当は追いつめられた状況にいるのに、その事実を認められないでいる僕のことを見抜いていたんです。実際、当時はまったく仕事がありませんでした。現実を気づかせようとしてくれたんだと思います。
その舞台がきっかけとなり、「売れないタレント・城咲仁」を自分で受け入れられるようになりました。頭を下げて仕事をいただき、感謝しながら取り組むことで状況も上向いていきました。僕は本当に人の縁に恵まれています。人生の転機といえる場面で、かならず誰かが手を差し伸べてくれるんです。本当にありがたいです。
PROFILE 城咲 仁さん
しろさき・じん。タレント、実業家。新宿・歌舞伎町のホストクラブで5年間No.1ホストを務める。カリスマホストとして数多くのテレビ番組に出演。ホスト時代から全国にその名を知られ、2005年タレントに転身した。バラエティ番組などで活躍し、テレビ通販では1日2億円売り上げるトップセールスに。21年、タレントの加島ちかえさんと結婚。22年、実家の町中華「丸鶴」の味を伝える、「丸鶴魂」を立ち上げ、冷凍チャーハンの通信販売も行う。
取材・文/齋田多恵 写真提供/城咲 仁