15歳のとき国民的美少女コンテストで入賞し、芸能界デビューした高橋里華さん。CMクイーンと評された高橋さんが芸能界を引退し、波乱の介護生活が始まるまでを伺いました。(全4回中の1回)

「生活が少しラクになるかも」と全日本国民的美少女コンテストに

── 15歳のころ、第1回全日本国民的美少女コンテストで入賞し、芸能界デビューを果たしました。もともと芸能界への憧れがあったのでしょうか。

 

高橋里華
CDデビューも果たし、歌手になる夢も叶えた

高橋さん:小さいころから歌が好きで、歌手になるのが夢だったんです。実家が母子家庭で朝から晩まで働く母の姿をずっと見ていたので、「早く母の手助けができたら」とも思っていました。

 

高校生になり、雑誌で全日本国民的美少女コンテストを知って、「これに出たい!」と思いました。でも母に話したら「東京なんて、怖いところに行かなくていい!」と、大反対されてしまって。実家は埼玉なので、東京は近いんですけどね(笑)。

 

そこから「もし私が芸能界で働けたら、生活が少し楽になるかも」「歌手の夢に挑戦しなかったら、一生後悔する!」と数日かけて母を説得し、ようやくコンテストに出場させてもらったんです。

 

── デビュー後、学業とお仕事の両立はどのようにしていたのでしょう。

 

高橋さん:当時は、毎日のようにCMや雑誌、ドラマの撮影やオーディションがあったので、ほとんど高校に通えませんでした。先生たちが私の休みに合わせて補習をしてくださって、何とか卒業することができたんです。

 

生活面では、祖父母の支えが大きかったです。当時は実家から仕事に通っていたのですが、夜遅くなったときは、祖父が実家の最寄り駅まで車で迎えに来てくれました。毎日の食事や身の回りのことは、忙しい母に代わって祖母が全力でサポートしてくれました。

 

── その後、5年間でCMに60本も出演。「CMクイーン」として活躍されました。印象的だったお仕事はありますか?

 

高橋さん:思い入れのあるお仕事はたくさんありますが、一番驚いたのは、鹿児島銀行の広告のお仕事です。奄美大島の伝統工芸品の大島紬を着て撮影したのですが、キャッチコピーが「私と交際してください」だったんです。

 

高橋里華
笑顔がとても可愛い高橋さん

インパクトのあるキャッチコピーを見て、「うちの息子のお嫁さんに!」「高橋さんは、どこの窓口にいらっしゃるんですか!?」という声が銀行に殺到したと聞きました。後にも先にも、そんな反応をいただけたお仕事はなかったですね(笑)。