ダルビッシュ有の母・郁代さん。中学時代にすでに野球で活躍していた有選手。全国の有力校からスカウトを受けるなか、東北高校から運命とも言える電話がかかってきます(全6回中の3回)。

東北高校を見に行きたいと言われても

── 長男の有さんは中学時代にすでに野球で名前が知られ、全国50校近い高校からスカウトが来たそうですね。

 

郁代さん:有が中学3年生になる春頃にはいろいろな学校から声がかかって、甲子園の常連校だった学校からもたくさん連絡がきました。でも、私も中学の野球部の監督さんも有の人見知りでシャイな性格をよくわかっていたし、強くて上下関係の厳しすぎる学校に行っても確実にすぐ辞めるだろうと。

 

お父さんといくつか学校を見学していくなかで、途中で東北高校のマネージャーさんらしき人から連絡がきたんです。たしか、私が電話をとったのかな。有をスカウトしたいって言ってくださいました。正直、当時は名前を聞いたことがない学校だったし、たくさんある学校のなかでも遠方だしこの学校はないだろうと思っていたんです。でも、本人に伝えたら「東北高校を見に行きたい」って。

 

それまで自分からほとんど「ここに行きたい」とは言わなかったんですけど。そのときの東北高校に、有の二つ上で高井雄平くんっていういいピッチャーがいたんですけど。彼が野球雑誌に載っていて、有が「その人を見たい」というので、すぐに行きました。

 

── 大阪から東北に足を運んでみていかがでしたか?

 

郁代さん:監督さんも野球部の雰囲気もすごく伸び伸びした環境で。有は東北高校をすごく気に入って「あそこに決める」って。まぁまぁ即決だったので「ほんまに考えや」ってちゃんと言ったんですけど、有の気持ちは変わらなくて、そのまま東北高校に進学が決まったんです。それが中学3年の初夏くらいですね。

 

その後、どんな状況だったか曖昧ですけど、有を車に乗せてどこかから帰る途中だったのかな。有がいきなり「やっぱり東北高校行くの辞めようかな」って言ったんです。もう10月に入ってて一瞬「え?」って思ったんですけど、有がそこに行くのが不安になってきたみたいで。私も有が考えて辞めるんだったら、まだギリギリ辞めれるよって。まだ中3なんで、嫌やったら無理に行くことはないし。

 

だけど迷惑かかると。監督さんも来年のチーム作りに動いているだろうし、だから今やったらギリギリお母さんとお父さんと一緒に監督さんのところに行って土下座しようって言ったんです。

 

そしたら有が「え?ほんまに辞めていいの?」って。私が反対すると思ったんでしょうね。でも私はいいよって。別に今の年齢でこれは自分がやりたいものじゃないと思ったら、それを続けるのはつらいから、今だったら辞めてもいいよ。その代わり、自分で何をするか考えないとダメだし、何より今から別の高校に行くなら受験勉強があるからね。勉強せえへんかったら行く高校ないよって話をしたら、本人が「あ…」と思ったみたいで。

 

私が無理やり東北高校行けって言ったら嫌やったと思うけど、意外とそうじゃなかったので、本人が5分ほど考えて「やっぱり行くわ」って(笑)。とりあえず高校も最後までちゃんと行けって。途中で諦めるのはあかんでって話をしました。

 

── しかし、母親の立場に立つと、息子さんが中学卒業と共に親元を離れ、遠くの寮で生活をするのは、どんな心境でしたか?

 

郁代さん:最初に東北高校に行くって決めたとき、私は1回だけですけど大泣きしました。早いからね、年齢的に考えても。まぁ、でもいつかは子どもが出ていくし、その時は次男が問題を起こし始めていたので、長男の有は、ある程度、野球で守られた環境じゃないですか。私は次男の方をしっかり見てあげないといけないかなって複雑ですけど、まぁいいかなと。