「リスキリング」と聞いてもピンとこなかったり、始められなかったり。大人になって、8年間、大学に通ったタレントの水野裕子さんが学び直しを始めたきっかけとは?話を聞きました。(全4回中の2回)
学び直そうと思ったのは「叔母の病気と苦しむ姿」
── 筋肉系の番組をはじめ、多数のレギュラーを抱えていた29歳のころ、大学に進学して栄養学を学び、管理栄養士の国家資格を取得されました。近年では、「リスキリング」として学び直しが注目されていますが、当時はまだ、社会人が大学で学び直すのは珍しかったはずです。きっかけは、なんだったのでしょう?
水野さん:年齢を重ねてから学び直すことを「リスキリング」と呼ぶようですが、じつは私のなかでは、「学び直し」というより、「初めてちゃんと学んだ」感覚のほうが近いかもしれません。学生時代、勉強は得意ではなく、むしろ苦手でした。私にとって勉強とは、いやいやするもの、やらされる意識が強かったんですね。
そんな私が、大学で栄養学を学びたいと思った大きなきっかけは、大好きだった50代の叔母が、胃がんを患ったことでした。
── 身内のご病気がきっかけだったのですね。
水野さん:最初に叔母の変化に気づいたのは、21歳のころでした。愛知県に住む叔母が、当時、私が出演していた「マッスルミュージカル」の舞台を観に来てくれたんです。終わってから楽屋で面会したのですが、あまりに激やせしていて、最初は叔母だと気づかなかったくらい。
びっくりして理由を聞いたら、「じつは、グレープフルーツダイエットがうまくいってね。やせたら食べる量も減って、お上品になっちゃった!」と、嬉しそうに話していて。
叔母は、オシャレな人で美容にも関心が高く、いろんなダイエットに挑戦し、リバウンドすることも多かったんです。元気そうな姿に安心して、「合うダイエットがみつかってよかったね」と伝え、とくに心配はしていませんでした。
そこから数年経って、叔母が「最近、お腹の調子がおかしいのよ。食べたくても食べられないんだよね…」と言い始めて。検査に行ったら、胃がんが発覚。しかも、胃壁の中にできる「スキルス胃がん」で、すでに胃のほとんどががんに侵された末期状態でした。5年生存率は10%未満、余命が1か月程度になる可能性もあり、病院からも「覚悟をしてください」と。あのときのショックは、いまでも忘れられません。
結局、叔母は告知された期間よりは長く生きてくれましたが、闘病を重ねてやせ細っていく姿を見るたびに、自分のことを責めたり、後悔したりする気持ちが強くなっていきました。
専門家との対談で「知りたい」欲求がわきあがって
── 後悔というのは?
水野さん:叔母のダイエット法が大病を招いたとはいえませんが、そもそもひとつの食品しか食べない極端なダイエットをして、健康でいつづけられるはずがありません。そんな当たり前のことにも気づかず、「よかったね」と笑顔で言ってしまった。
もしもあのとき、私にもっと知識があれば、適切なアドバイスができたのではないだろうか。そうしたら、もっと違った未来があったかもしれない。そんな思いが、自分のなかで大きな後悔として残っていたんです。
同じころ、雑誌の仕事でスポーツ栄養学の先生と対談する機会がありました。当時、筋肉系番組への出演が多く、私自身も格闘技をやっていたので、体づくりには関心があったのですが、初めて本格的な栄養学に触れて、衝撃を受けたんです。
── 衝撃を受けたというのは、どういうことでしょう?
水野さん:先生のお話を伺うなかで、これまで自分が「なんとなく」実践してきたことが、栄養学の理論として合っていることがわかり、「点と点がつながる」感覚を覚えたんです。
そのことがすごく嬉しくて、「もっと知りたい!学んでみたい」気持ちが湧きでてきたんです。栄養について学ぶことで、闘病中の叔母の役に立てる。それだけでなく、自分にとっても、きっとすごく楽しい学びになるんじゃないかと、ワクワクしました。
勉強が苦手だった私が、学ぶことに対して喜びを感じるなんて、それまでの人生で初めての経験。自分でもちょっと驚きました(笑)。学んだ知識をこの先、なにかにいかそうとか、そうした気持ちからではなく、ただ、「もっと深く知りたい」欲求だけでした。
8年かけて大学を卒業「やめたい」と思ったことはない
── 「やらされる勉強」とは違う、純粋な学びの欲求とのであいだったのですね。
水野さん:まさにそうでしたね。それに、専門的な知識を身につけることで、人に説明するときに、説得力のある答え方ができるんじゃないかという思いもありました。
当時、美容やダイエットなどについて質問され、「体づくりのために食事には気を配っています」と答えると、「さすがにストイックですね!やっぱり野菜しか食べないんですか?」とか、「体型を維持するために、甘いものや油ものは食べませんよね?」と言われることが多かったんです。
「いえ、油も体には必要だし、甘いものも食べすぎない程度に食べますよ。栄養のバランスが偏らないようにまんべんなく食べるようにしています」と答えると、「それだけ…?」という感じで、微妙な空気になってしまうことも。
でも、自分に専門的な知識がないから、それを理論的に説明することができず、会話も深められない。モヤモヤとした違和感がありました。栄養学の理論を学ぶことで、体にとって本当に正しいことを、自分の言葉で伝えることができるかもしれないという期待感もありました。
──「学びたい」気持ちが高まったときが、本来のベストタイミングですよね。
水野さん:その後、大学に入って自分自身が学ぶなかで、それを実感しましたね。やっぱりひと回り近く年齢の違う子たちと一緒に学ぶのは、記憶力や集中力、体力などのハンデもあって、ついていくのが大変です。しかも、仕事と両立しながらなので、よほど学びたい気持ちが強くないと、途中で「もういいや」と脱落してしまう。
結局、仕事が忙しくて卒業までに8年かかってしまいましたが、一度も「やめたい」と思ったことはありませんでした。モチベーションって本当に大事だなと、身をもって知りましたね。
PROFILE 水野裕子さん
1982年、愛知県生まれ。1998年、SONY乾電池のキャンペーンオーディションに合格し、芸能界デビュー。「王様のブランチ」(TBS)、「世界バリバリ☆バリュー」(毎日放送)「ザ・フィッシング」(テレビ大阪)など数々の番組の出演。「KUNOICHI」などのスポーツバラエティ番組で活躍し、芸能界女性No.1アスリート”の異名をとる。釣り番組では国内外へのロケも多数。現在はNBA関連の番組やイベントでも活躍中。
取材・文/西尾英子 画像提供/水野裕子