テレビなどでもたびたび話題となる東京・大塚にあるおにぎりの名店「ぼんご」。女将の右近由美子さん(71歳)が、家庭でも作れる「おいしいおにぎり」のコツを教えてくれました。
美味しいご飯作りは炊いたあとが肝心
── さっそくですが、家庭でできる、おいしいおにぎりの作り方のコツを教えてください。
右近さん:おにぎり作りは、ご飯を炊くところから始まっています。炊飯前にお米を洗うときは、ゴシゴシと研いじゃダメ。研ぐと、お米の粒にひびが入って壊れてしまいます。だから、汚れを取るため、水にさらす程度でいいんです。水をザーッと入れて、サーっとこぼす。それを3回繰り返します。
その後、お米の中心までしっかり水を浸透させるために2時間、浸水します。こうすることで、芯までふっくら炊き上がります。おいしいおにぎりを作るために大事なのは、お米のおいしさを引き出してあげることなんです。
炊きあがり加減は好みにもよりますが、ぼんごでは「かため」にします。水加減は炊飯器の目盛りより気持ち少なめがいいですね。ご飯が炊けてからも、ひと手間かけるのがおいしいおにぎりを作るコツ。じつは、ご飯が炊けてからがとくに大事なんです。
── ご飯が炊けたら、すぐにおにぎりを握るわけではないんですか?
右近さん:炊き立てのご飯をそのままにしておくと、蒸気でベタっとしてしまいます。だから、お米の間に空気を入れるんです。炊き立てを蒸らしたら、ふたを開けて、しゃもじで十字に切り、米粒をつぶさないよう、底からふんわりと空気を入れてあげます。
お米って、粘りけがあるじゃないですか。「保水膜」といって、お米のうまみのもとなんです。空気を入れることで、お米の表面についたよけいな水分を取り、お米ひと粒ひと粒に保水膜を張ってあげられるんです。そうすると、よりご飯がおいしくなります。
この状態になったら、炊飯器で長時間保温しても変色しません。このひと手間を加えたご飯は冷めてもおいしいです。ふんわりと盛って冷凍しても、炊き立ての味が楽しめます。
にぎるときに「お茶碗」があると便利
── おいしいご飯ができたところで、ようやくおにぎり作りですね。
右近さん:うちは具もご飯もケチケチしません。ご飯は1個150グラム使っています。具材によっては200グラムくらいになるものもあります。私はおにぎりの型を使っていますが、なくても大丈夫。家庭で作る場合は、広口のお茶碗にご飯を広げ、具を全体に散らすのがいいみたいです。
ご飯をふんわりと型にのせたら、具を入れるためのくぼみをつけます。どこから食べても具が出るよう、たっぷり入れてください。具の上に、ご飯を平らにのせます。
そのとき、具がはみ出ないようにきれいに形を整え、ひっくり返します。すぐ食べるときは、塩を指の関節ひとつ分、時間が経つときは関節2~3本分くらい、両手につけてのばします。塩のついた手で、最大3回おにぎりを優しく包んであげます。
── ほとんど力を入れないんですね。もっと強くにぎるものだと思っていました。
右近さん:ご飯が炊けたとき、空気を入れて、お米に保水膜をコーティングしているから、強くにぎる必要がないんです。ひと粒ひと粒にねばりがあって、力を込めなくてもくっついてくれます。
おしまいに、のりで巻きます。のりは「ザラザラした面」をご飯側に向けます。のりの片側におにぎりをのせたら、のりをかぶせて人差し指と親指でおにぎりの先にくっつけます。おにぎりを起こしたら、もう一方ののりを貼ります。これでできあがり。すごくシンプルです。
美味しく作るよりも食べるときに大切なことがある
──「ぼんご」はレシピを全部公開しているんですね。
右近さん:そう、秘密にする必要がないんですよ。だって、レシピ通り作っても、まったく同じものはできないですから。本当は家庭で作る場合は、技術なんて必要ないんです。一番大事なのは、ご飯を楽しくおいしく食べることだと思っています。
あるとき、5人のお子さんがいるお母さんから「子どもに、“ママのおにぎりはおいしくない”と言われたから、作り方を教えてほしい」と相談されたんです。だから、「人数分のお茶碗とご飯と好きな具とのりを用意して、みんなで作ってみて」と答えました。お母さんは、みんなでおにぎりパーティーをしたそうです。子どもたちは「楽しかったねえ、またやろうね」と大喜びだったんですって。
みんなで食卓を囲み、わいわいと楽しくおいしく食べる経験って、すごく大事だと思います。食べるものはお母さんの料理でもいいし、お惣菜でもいい。家族の愛情が伝わって、食べる喜びを感じられれば、それは子どもにとってかけがえのない思い出になる気がします。
──「ぼんご」には、8時間並ぶお客様もいると聞きました。もしかしたら、お客様たちはお店のおにぎりに込められた愛情を求めているのかもしれないですね。
右近さん:そうなんです。私もずっと、「どうしてお客様たちは、何時間も並んでまで来てくださるんだろう?」と不思議だったんですよ。最近になって、「ぼんご」のおにぎりは、田舎のお母さんを思い出すような、なつかしい存在なのかなと思うようになりました。
いまはどのお店もとても便利になりました。メニューもタッチパネルで選べて、会計もキャッシュレスが増えています。おにぎりひとつを手間ひまかけてお出しする「ぼんご」は、時代に逆行している存在なのかもしれないと思うときもあります。
でも、お客様は人のぬくもりが伝わるお店を求めているのかもしれません。「ぼんご」は、毎日頑張って気が張っている人たちが、ふっとひと息つける店でありたいです。いまのやり方を変えず、愛情をこめて、一つひとつ丁寧におにぎりを作っていきたいですね。
PROFILE 右近由美子さん
おにぎり店「ぼんご」女将。1952年新潟市生まれ。高校卒業後、上京。上野の喫茶店の店員になる。その後、友人に誘われおにぎり店「ぼんご」に食事に行ったことが縁で、おにぎり屋の人生が始まる。
取材・文/齋田多恵 写真撮影/ CHANTOWEB NEWS