フジテレビのアナウンサーとして活躍し、現在は報道局に勤務する阿部知代さん。「55歳を過ぎた頃から考えていた」という退職後の働き方についてお話を伺いました。(全3回中の1回)

人生に無駄なことなんてないんだなと

── ご退職後の現在も仕事を続けていると伺いました。

 

阿部さん:今年の7月末をもってフジテレビを退職しました。所属先は変わったのですが、今も同じデスクで同じ仕事をしていますし、周りのメンバーも変わっていないので、定年退職したという意識はないですね。

 

阿部知代さん
「笑っていいとも!」でテレフォンアナウンサーをつとめる阿部さん/(C)フジテレビジョン

── 早期退職を選択する方も多い時代ですが、ご自身のキャリアをどう考えてきましたか。

 

阿部さん:転職してキャリアアップをする方もいますが、私はフリーランスにもならず、ずっと同じ会社で仕事を続けてきました。でも、55歳を過ぎた頃から定年を迎えるにあたってこれからどうしようかというのは考えていました。

 

例えば、大学でマスコミの勉強をしている学生向けに何かお手伝いができないかとか、これまでアナウンスを教えるのが好きで続けてきたので、アナウンス学校で教えるとか。

 

それとは別に実家のこともありました。母は介護施設にいるのですが、92歳の父が群馬の実家でひとり暮らしをしているんです。実家に帰って、仕事のたびに東京に通う生活も考えました。そうなると会社に残るのは難しいだろうなと。

 

── 仕事を続けることは、どうやって決断されたんですか。

 

阿部さん:これまでずっと賃貸で住み続けてきたのですが、60歳を過ぎてから独身の女性が賃貸物件を借り続けるのは難しいと聞いて、家をどうしようかも考えました。それは働き方にも密接に関わってきます。

 

私の実家は本当に田舎で、夜7時頃になると真っ暗で、通りに人も車もほとんど通りません。実家に戻る選択肢が出てきたときに改めて、「私、本当にここで暮らせるかな」と思ってしまいました。

 

阿部知代さん
派手な衣装も目を引く!リオのカーニバルに参加した阿部さん

私はお芝居などが大好きで、独身で時間もあるのでほとんど毎日何かを観に行っているんです。年間150本くらい観るのですが、これからその生活を捨てられるかと思ったら、精神的にもたないと思いました。そうなると、会社員のうちにローンを組んだ方がいいとなって、急いで家を探して買ったんです。

 

ご家族や仕事、趣味や環境などそれぞれ大切にしたいことがあると思うんですけど、私はクオリティオブライフを考えたときに、何に優先してお金を使っていくかを考えて仕事を続ける決断をしました。実家にはまめに帰るようにしています。

 

── 仕事とプライベートのバランスは大切ですね。

 

阿部さん:仕事がなくてプライベートを充実させるしかなかった時期もあったのですが、美術館に行ったり、本を読んだり映画を見ていた時間がのちに仕事にも活きてきました。著者の方や映画に出演されていた方にインタビューする機会もありましたし、美術の番組を担当する機会にも恵まれました。

 

趣味が仕事に繋がることがたくさんあったので、人生って無駄なことなんてないんだなと思いますね。

人生ってひとり乗りのボートに乗るようなもの

── 仕事を長く続けるうえで大切なことはなんだと思いますか。

 

阿部さん:自分を機嫌よくするといいますか、なるべく自分の機嫌をよくするもので周りを埋めるのがコツだと思います。誰にでも嫌なことってあると思うんです。お花を買って帰るとか、美味しいものを食べるでもいいと思いますが、自分が幸せに感じることを大切にして生きたいなって。好きなことを続けるのもいいと思います。

 

阿部知代さん
ミラノのスカラ座でオペラを鑑賞した阿部さん「着物もお似合い!」

スポーツが好きだったら観に行くのもいいですし、旅が好きな方は旅行をするとか。そうしていかないと人生もったいないと思いますね。

 

実は2年前にメンタルを病んで2か月半、会社を休んだことがあったんです。それもあって、あまり無理せず毎日を機嫌よく生きようという気持ちは強くなったかもしれません。

 

── それまでずっと働き続けてきたかと思いますが、休んでいた間はどうされていたんですか。

 

阿部さん:私は基本的によく食べますし、体力はすごくあるんです。つらくて休みたいというのはこれまでありませんでした。お休みしていた期間は、ずっと家で寝ていました。冬眠かっていうくらい。真夏だったんですけどね(笑)。きっと本当に疲れていたんだと思います。家でどこにも行かずに寝ていました。お医者さんから「明日から休みましょう」と言われて、最初は2週間くらいかなと言われていたのですが、その後の診療で「もう少し休んだほうがいいね」と言われて、2か月半休みました。

 

── 職場に戻るときはどんな気持ちでしたか。

 

阿部さん:これまでこんなに休んだことがなかったので、不安を抱きながら職場に戻ったのですが、一緒に働いていたスタッフが「おかえりなさい、阿部知代さん」って言ってくれたのがすごく嬉しくて、今でも忘れられません。病から復帰する方が周りにいたら、特別扱いすることなくあたたかく迎えてほしいと思います。あの冬眠期間は私には必要な時間だったんだなと今なら思います。

 

人生ってひとり乗りのボートに乗っているようなもので、ときどき流れに揉まれることもあれば、漕がなくても流れていくときもあります。そんなときは余分な力を使わず、流されてみるのもいいのかも。びっくりするくらい上手く流れていくときもありますし、これは違うなと思ったらまた漕げばいいんです。のちに繋がる思いがけない出会いや、素敵な本との出会いも人生に彩りを与えてくれます。日常にある些細なきっかけを大切にしていきたいですね。

 

PROFILE 阿部知代さん

群馬県生まれ。上智大学卒業後にフジテレビジョンにアナウンサーとして入社、ニュースからバラエティまで幅広く担当する。パリに1年、NYに3年駐在し、NYでは全米最大規模の日米交流団体ジャパン・ソサエティで朗読講座を立ち上げ、帰国まで講師を務める。現在は報道局勤務。古典芸能からオペラ、バレエ等まで年間150本を鑑賞する舞台愛好家。河東節浄瑠璃名取。

 

取材・文/内橋明日香 写真提供/阿部知代