元気なシニアからの学びに溢れる映画『それいけ!ゲートボールさくら組』(5月12日公開)。田中美里さんにも考え方を楽にしてくれた人生の先輩からの言葉があるそうです。

 

田中美里さん
「40代になり、ようやく仕事が落ち着いてきた」と話す田中さん

役者業の安定にもつながる「40代で始めたこと」

── 人生には、遅すぎることなんてひとつもない。田中さんがそのように感じた経験はありますか?

 

田中さん:40代になったときに、一番好きだけど苦手なことをやろうと決めて始めたのが書道と鉛筆画の模写です。いま、それがすごく楽しくて。役者って正解がない仕事で、0が1になったり、1が2になったという積み重ねがないというのでしょうか。作品によって笑い方も怒り方も違うので、感情表現ひとつをとっても前回より良くなっているとか、自分の成長が見えにくくて。

 

そんなことに葛藤したりすることも多いから、級が上がったり、ちゃんと上手になっていると分かるものを始めることで、役者としてのバランスも取れるようになりました。まさに挑戦することに遅いなんてことはない、と実感している最中です。振り返って積み重ねを感じられることは私にはとても大切なことなので。

 

── スタートに40代を選んだ理由はあるのでしょうか?

 

田中さん:40代からようやく仕事が落ち着いてきたというのが一番大きな理由です。20代は忙しすぎて仕事以外のことを考える余裕もなくて。いま思うと、10代、20代のほうが心身ともに疲れやすかった気がします。トレーニングなどもやったことがなく、20代後半で体を鍛え始めたりもしたけれど、それまでは仕事以外のことをやるという考えすらないほど余裕がなかった気がします。

 

──「挑戦することに遅いなんてことはない」と実感している最中とのこと。今後、新たに挑戦したいことはありますか?

 

田中さん:子どもの頃は絵本作家になりたいという夢を持っていて。書道や模写を続けているなかで、その思いはむしろ強くなってきました。子ども向けの絵本を1冊作るのが、今後の大きな目標のひとつです。

体を壊して身につけたストレスの捉え方

── 忙しい20代を過ごし、40代でバランスの取れた働き方ができるまでに、どのような悩みや壁を乗り越えてきたのでしょうか?

 

田中さん:悩みも壁もたくさんありました。20代はいろいろなことを吸収しなければいけないけれど、それに伴う実力もたりていなくて。でも、求められているものが大きかったりして、埋めることに必死で体を壊してしまった時期もありました。

 

田中美里さん
スラリとした二の腕が眩しい!はつらつとした表情の田中さん

そのときに気づいたのが、自分のことって知っているようで知らない、ということ。今後自分がどういう人生を歩みたいのかも大事だけど、まずは小さなことから始めようと思い、朝起きて今日一日をどんなふうに過ごしたいのかを自分に問いかけています。家にいたいと思っても仕事に行かなければいけないから、心のままに従うことはできません。でも、自分の気持ちを知っているだけで心が整います。

 

── 解決法や解消法ではなく、まずは知ることなのですね。

 

田中さん:このやり方でストレスはあって当たり前、と思えるようになりました。それまでは、ストレスってどうして溜まってしまうのだろう、ストレスと感じてしまう自分が悪いんだ、と考えていました。ストレスはあって当たり前と思えるようになったら、どうやって向き合うかを考えるようになって。

 

人間関係が原因ならちょっと距離をとってみよう、深入りしないようにしよう。それができなければちょっと楽しいことに目を向けよう、と考えるようになりました。ストレスを消そうと思ってつらくなっていたけれど、受け入れてやっていくほうがいいのかなって。

 

むしろストレスを感じられたら、それ以上悪くならないようにちょっと休もう、などと対策も考えられるし、予防もできるかもしれない。ストレスってある種、心からの合図や信号のようなものだから、ゼロにしようと思わない。そうすることで私はすごく楽になりました。

人生は坂道じゃなくて階段

── 考え方をちょっと変えるだけで、楽になりますよね。

 

田中さん:人生でも仕事でも、坂道だと思って上がらなきゃ、上がらなきゃとずっと思っていました。だけどその坂道は階段式だと教えていただいて。

 

すごく頑張っているのに成長していないし進んでいる感覚もなく、止まったままに思える時期ってあったりしませんか。停滞の理由を考えても答えが出ないときもあって。でも、分からないなりに続けていたらまたポコンと上がる瞬間がやってくる。坂道のときはみんなが上がっているのに、自分だけ上がっていないように見えて精神的に苦しいと思ったけれど、階段式だと考えるようになってからは、平らな状態で止まっていてもなにかを作り上げていると思えるようになりました。

 

決して規則的で綺麗な階段ではないけれど、歪んでいても自分なりの階段を作っていけばいいと思えたことで、ちょっと楽な気持ちで生きられるようになりました。

 

田中美里さん

── 自分なりの階段、いいですね。「階段式」と教えてくださったのは?

 

田中さん:ドラマ「一絃の琴」の大森青児監督です。このドラマの撮影中に一番大きな壁が出てきて悩んでいた私に「壁ができてよかったね」と言ってくださいました。経験を重ね、怖さや不安が出てきたからこそ感じられた壁。分厚くて高い壁で乗り越えられないと思っても続けなさいと声をかけてくださって。あのとき監督がくださった言葉一つひとつに、当時もいまも救われています。

 

── ちょうどよく背中を押してくださるような言葉、という印象です。

 

田中さん:そうなんです。いまは乗り越えられそうもない分厚くて高い壁に見えても、乗り越えた後に振り返ったら障子1枚くらいに感じるから、とも言ってくださって。この作品で壁を越えられなくても、トンネルを抜けられなくても、僕は女優としての君を応援し続けるからねって。本当に素敵な言葉ばかりいただきましたし、ずっと私の支えになっています。

 

PROFILE 田中美里さん

女優。1977年生まれ、石川県出身。NHK連続テレビ小説「あぐり」で女優デビュー。その後、ドラマ・映画・舞台に多数出演。韓流ドラマ「冬のソナタ」のチェ・ジウ演じるヒロイン・ユジンの吹き替えや、ナレーターやラジオのパーソナリティなど声の仕事でも活躍中。

 

取材・文/タナカシノブ