1995年にテレビシリーズが放送開始になった「新世紀エヴァンゲリオン」の葛城ミサト役は、それまで元気な少女役が多かった三石琴乃さんの新たな代表作になりました。庵野秀明監督が細部までこだわり抜き、収録が長時間に及ぶことでも有名ですが、三石さんにとって成長を促してくれる、大切な現場だったと振り返ります。(全5回の3回目)

「口パクを気にせず、人間の間でしゃべってください」

── 著書『ことのは』のなかでも「『新世紀エヴァンゲリオン』の現場は革新的だった」と明かされています。他の現場とどう違ったのでしょうか。

 

三石さん:テレビシリーズのときは音響監督がいらっしゃって、音響監督のペースで収録が進んでいきました。そのときは、特に録るのが早くて有名な音響監督だったんです。もちろん早いから粗悪なものというわけではなく、できる役者さんをそろえて、パッと録るタイプの方でした。

 

でも、収録のブレイクがけっこう長くて「あれ?どうしたんだろう」という間がありました。ブレイクの間に庵野監督から「こうしてほしい」という指示があって、ディスカッションをした後に、音響監督から役者に指示が伝えられていたんですよね。

 

それでも、テレビシリーズのときは、そこまで時間がかからなかったと思います。最後の方は絵ができあがってなかったりして、時間がかかったのはありましたけれど。

 

業界のなかでは「時間かかるんだって、あの番組」と、おもしろおかしく噂するんですよね(笑)。「大変だね」って言いながらニヤニヤして。

 

劇場版からは庵野さんが音響監督を担うようになりましたので、そこはもうたっぷり時間をとっていましたね。コロナ前なのに、時間ごとに分けて、役者さんごとに収録していました。

 

「新世紀エヴァンゲリオン」で演じた葛城ミサト役は、放送開始当時27歳だった三石さんの実年齢よりも2歳年上の役(写真はイメージ/PIXTA)

── 当時としては珍しいですね。

 

三石さん:役者が順番に来て「どう?今押している?」と立ち話をしたり。「1時間くらい待ってる」「うわぁ…」みたいな(笑)。当時はスマホがないから、待ち時間は本を持って行って読書していました。

 

現場は独特の緊張感がありましたね。監督は「生身の人間を投影したい」という思いが強いんだと思うんですけど、「口パクを気にせず、自分の間でしゃべってください」と言われたこともありました。

 

監督がコンテを切って口パクの尺を決めるのではなく、生身の人間がしゃべる生々しいセリフが欲しかったんだと思います。

エヴァンゲリオンは「ハリケーンのような現場」

── シリーズは2021年に完結しましたが、1995年のテレビ版放送開始以降、これだけ長く関わる作品も珍しいですよね。改めて、三石さんにとってエヴァはどういう作品でしたか?

 

三石さん:楽しみでもあり、ちょっと怖くもあり。なんでしょうね…、ハリケーンみたいな。

 

── ハリケーン?

 

三石さん:「エヴァンゲリオンの収録、そろそろ入りますよ」と言われると、「あ、ハリケーン注意報が来た」って少し身構えるんです。備えて、踏ん張って、乗り越えて、大変なんだけど、終わったあとはどこか見える景色が変わっている感じです。

 

心も体も疲弊はするんですけど、何か新しい種を残してくれているんです。自分のスキルもアップしているような気もして。なんでしょうね、「試練」じゃないけど…。

 

── それぐらい強い力があるんですね。スクラップアンドビルド、みたいな。

 

三石さん:破壊と創造、というかね。エネルギーはすごかったです。

 

でも考えてみれば、私たちは他の作品も並行して、仕事としてこなして生きているけれど、庵野さんはずっとエヴァンゲリオンと向き合ってきたんだと思うと、なんて過酷な人生を歩んでいるんだろうと思います。

 

尊敬しますし、今は本当にお疲れ様でした、という気持ちですね。

 

三石琴乃さん
自然の中を歩く三石琴乃さん

──『ことのは』のなかでは、庵野秀明監督が膝を抱えて座る三石さんをミサトのキャラクターに重ねた、と語っています。ご自身は、役と似通う部分があると感じていますか?

 

三石さん:うーん…、自分ではわからないものですね。どこかしら共通点があるから、この役とご縁があったんだろうなとは思ってはいるんですけど。

キャラクターの切り替えはすんなり

──「役が憑依する」と日常生活に影響が出るような俳優さんもいらっしゃいますが、三石さんはそういうことはなかったですか?

 

三石さん:アニメではなかったです。アニメでは、その世界のなかで、キャラクターが生きているので、あんまり私自身は引きずらないですね。アニメーションの現場って、1日数本行くこともあるんですが、それぞれキャラクターがまったく別世界を生きているので、切り替えはすんなりできています。

 

── ゾンビ役を演じた直後に、かわいいキャラクターの役も演じられる、という。

 

三石さん:本当に極端な世界を行き来していますよね、アニメーションって(笑)。

 

でも、スタジオに入って、台本を持って、共演者たちと一緒にいればその役に入れるんですよね。表現が古いかもしれませんが、チャンネルはかちっと切り替えられます。

 

PROFILE 三石琴乃さん

1989年に声優デビュー。「美少女戦士セーラームーン」月野うさぎ役、「新世紀エヴァンゲリオン」葛城ミサト役、「呪術廻戦」冥冥役など、ヒット作に名を連ねる。近年では「リコカツ」(TBS)などドラマ出演も。声優生活を振り返ったエッセイ『ことのは』を上梓。

 

取材・文/市岡ひかり 写真提供/『ことのは』(主婦の友インフォス)