旅立ちの季節である3月に入り、全国各地の学校で卒業式が行われています。卒業式といえば、昔から「意中の男子生徒から第二ボタンをもらう」という風習がありますが、どのようなきっかけで生まれたのでしょうか。制服の“専門家”である大手制服メーカーへの取材から、その風習の成り立ちや第二ボタンに込められた思いを探りました。

出征した兄の妻に恋心…太平洋戦争中の出征悲話が始まり?

詰め襟の第二ボタンを渡す風習の由来は諸説ありますが、トンボ学生服(岡山県岡山市)によると、第二次世界大戦中に実在した兄弟の出征悲話が大きく関係しているといいます。

 

太平洋戦争の真っただ中、兄は兵役に就く前に結婚し、妻と学生の弟を残して戦地に旅立っていきました。弟はいつしか、夫の無事を願う義理の姉に淡い恋心を抱いていきます。義姉もその思いに気づいていたものの、国のために戦う夫(兄)を思うと、互いにそんなことを口に出せる状況ではありませんでした。

 

やがて戦局が悪化し、弟にも召集令状が届き、戦地に赴くことになります。そして出発の日、物資欠乏で軍服ではなく学生服で出征することになり、最後に切ない思いを伝えようと、自分の分身として胸の第二ボタンを渡したのだそう…。

 

このエピソードは、戦前にすでに知られていたそうですが、軍国主義の時代では公にできる話ではなく、長きにわたり封印されていました。ただ、戦後しばらく経ち、この兄弟を教えていた教師がこの話をとある校長に昔語りしたのだそう。心を揺り動かされた校長はこの話を持ち帰って生徒たちに語ったことで、別れの季節の風習として徐々に広がっていったとみられます。

 

この他にも、1960年公開の映画『予科練物語 紺碧の空遠く』で、主人公が特攻隊として戦地に赴くときに、思いを寄せる少女に第二ボタンを渡す場面があり、そこから広がったという見方もあります。また、1980年代に入ると、斉藤由貴さんの『卒業』や柏原芳恵さんの『春なのに』などのヒット歌謡曲に“制服のボタン”が登場し、広く知られることになりました。

第二ボタンを贈るのは「心臓に近いから」

そもそも数あるボタンのなかで、なぜ第二ボタンを贈るのでしょうか?

 

トンボ学生服によると「心(胸)にいちばん近い位置にあるのが第二ボタンだったから」なのだそう。また、小さな金属のボタンは、ずっと変わらず小さくても大切にしてもらえる、というシンボル要素があったからだともいいます。

 

また、カンコー学生服(岡山県岡山市)によると、詰め襟学生服にある5つのボタンには一つひとつに意味が込められているのだとか。1番上は自分、2番目は最も大切な人、3番目は友人、4番目は家族、5番目は謎…なのだそう。転じて、その人にとって「いちばん大切な人になりたい」との願いから、それを表す第二ボタンをもらう、といわれているようです。

 

さらに、第二ボタンは心臓にいちばん近いところにあるため、「ハートをつかむ」という意味で、意中の人の第二ボタンをもらうという説もあるそうです。

徐々に消えつつある第二ボタンの風習

卒業式の甘酸っぱい思い出の代名詞でもある第二ボタンですが、近年は詰め襟学生服を導入する学校が減っており、その風習は消えつつあります。

 

カンコー学生服は2022年6月、全国の10〜60代の男女1200人を対象に「世代別の中学校の制服タイプ」について調査を実施。10〜60代の男性が中学生のときに着ていた制服のタイプを聞いたところ、40代以上は詰め襟(学ラン)が8〜9割以上を占めた一方、30代以下では詰め襟が6〜7割程度に減少し、ブレザーの着用率が2〜3割程度に増加していたといいます。

 

また、2021年12月に行った、全国の高校生の男女1099人を対象した「高校生の着用制服タイプと求めること」の調査結果によると、男子高校生の制服(冬服)のタイプは詰め襟(学ラン)が40.5%、ブレザーが37.3%とほぼ拮抗していることがうかがえます。

 

全国的に詰め襟の学生服が減っている背景には何があるのでしょうか。制服メーカーによると、多様性に配慮した「ジェンダーレス制服」の普及が大きな要因にあるといいます。

 

「やはり『詰め襟=男性の服』、『セーラー服=女性の服』というイメージが強く、できるだけ男女差をなくしたブレザースタイルの制服が増えています。選べるアイテムとして女性体型用のスラックスを採用されるケースも多く、セーラー服よりブレザーのほうがコーディネートとして合わせやすいため、それもブレザー化が進んでいる理由ではないでしょうか」(トンボ広報担当者)

 

男女が明確に分けられた詰め襟・セーラー服からブレザースタイルに変更することで、性自認に関わらず、スラックスかスカートか、またリボンかネクタイかなどの組み合わせを自由に選べるようになり、生徒が自分らしく学校生活を送るひとつの手立てになるのだそう。近年は第二ボタンの代わりに、ネクタイやリボン、名札、花束を贈るといったケースも増えているのだとか。多様性の時代に応じた制服への変化に伴い、昔ながらの卒業式の風習もバリエーションが増えていくのかもしれません。

 

取材・文/荘司結有 写真/PIXTA

参照/菅公学生服株式会社 カンコーホームルーム「世代別の中学校の制服タイプ」2022年、菅公学生服株式会社 カンコーホームルーム「高校生の着用制服タイプと求めること」2021年