「親の愛情の行き先が“教育への投資”になったのでは」

娘が事件を起こした背景に、自分自身の家庭環境を重ね合わせて取材を始めた齊藤さん。長期間にわたる取材を終えて、教育虐待が起こる背景について自分なりの解釈を見つけたといいます。

 

「この事件について言えば、戦後から今に至るまでの社会の変化も大きかったように思うんです。お母さんが生まれたのはまだ「戦後」と言われる時代ですが、娘さんが生まれたのはちょうどバブル時代に入ったころで、男女雇用機会均等法が施行された年(1986年)なんです。経済的に豊かになるとともに、女性の社会進出の機運が高まった時代背景に、『自分より活躍してほしい』という親の願いが重なり、子どもの教育への投資になるという構造があるのではないかと考えています。

 

本のなかでいちばん印象に残っているシーンがあって、それはお母さんが自殺未遂をして病院に運ばれた際に『娘と二人で受験を頑張ってきたのに』『母親は娘あっての母親でしょ!?』とつぶやくんです。娘に過度な期待をしてしまったり、自分が思う“幸せ像”を重ねたりするのは、良くも悪くも母親なりの愛情表現のひとつなのかなと。ただそんな『愛情の行き先が教育への投資になる』という構図によって、同じように親からの過剰な期待に悩む人が多いのではないかと思います」

 

過度な教育をめぐる親子の確執をつぶさに描き、教育や家族の在り方など多くのテーマ性を含んだ本は、多くの読者から「他人事ではない」との感想が寄せられています。著者の齊藤さん自身は今、この本をどのような人々に読んでほしいと思っているのでしょうか。

 

「原稿を書いている間は『こう感じてほしい』という気持ちを強く持っていましたが、今はそういう思いはほとんどありません。出版後、いろいろな反響をいただいたのですが、なかには筆者である私の想像を超える解釈や考察をしてくださる方もいて。だから今は、読者にはそれぞれの受け止め方で、自由に解釈してもらいたいと思っています。

 

ひとつ言えるのはこの本は決して、親子関係に悩んだ末の殺害を肯定しているわけではありません。ただ、同じように悩んでいる当事者がいたら『最悪の結末を迎える前にどうすればよかったのか』と、建設的に考える手助けになればいいなと思っています」

 

PROFILE 齊藤彩​さん

齋藤彩さん

1995年生まれ。東京都出身。北海道大学理学部地球惑星科学科卒業。2018年、共同通信に入社。新潟支局、大阪支社編集局社会部司法担当を経て、2021年末に退社。2022年12月、初めての著作となる『母という呪縛 娘という牢獄』(講談社)を上梓。現在は仕事をしながら社会人ラクロスチームで競技を続けている。

 

取材・文/荘司結有 写真提供/齊藤彩さん