20代のころに群馬の高崎競馬場で、騎手として活躍していた赤見千尋さん(45)。過酷だった現役を退いてからは、子どものころに憧れていた職業に就き、他の仕事も経験してきました。結婚、出産を含めた第2の人生は、どんなものだったのでしょうか。
早朝の緊急連絡に両親は…
── 落馬は危険そうですが、ジョッキーにはつきものですか?
赤見さん:私は何度も落馬しました。幸い、大ケガをしたことはありませんが、救急搬送は日常茶飯事です。
早朝の調教中に落馬して搬送されると、家族のもとに連絡がいくので、両親は気が気ではなく、私が引退を決めたときには、心から安堵していました。
ですから、私の子どもは騎手を目指さないように育てているつもりです(笑)。
私の両親も競馬をまったく知らなかったので、騎手になることを反対できなかったと言っていました。
── 大金をかけるお客さんもいるので、ヤジやプレッシャーもすごそうですね。
赤見さん:パドック(出走前の下見)のときからヤジは激しいです。「ヤメロ!」と言われることは日常茶飯事なので気にしません(笑)。
逆に人気のない馬に乗って勝ったときに受けるヤジは痛快ですね。ただヤジは、期待のバロメーターとも言えると思うので、うまく乗りきるようにしていました。